第6話:失われた記憶
――シーン1:静寂の旧校舎――
放課後の喧騒から切り離された旧校舎。
埃がダンスを踊る午後の日差しを浴びながら、あたし――白雪さくらはギシギシと鳴る階段を上がっていた。
(本当のドナー……って、どういうことよ)
胸の鼓動がうるさい。あたしの心臓がブレザーの下でブラジャーを押し返すほど激しく脈打っている。
屋上のドアを開けると、冷たい風が銀髪を乱した。
フェンスを背に立っていた一ノ瀬久遠が、ゆっくりとこちらを振り向く。
「……来たか。白雪さくら」
「一ノ瀬くん。もったいぶらないで教えて……。あたしの体は、恋人のものじゃないって……どういう意味?」
あたしは震える声で問いかけた。
彼はポケットから、一枚の古い、端が焦げたような写真を取り出した。
――シーン2:二人の「さくら」――
一ノ瀬が差し出した写真には、二人の少女が写っていた。
一人はあたしが鏡の中で毎日見ている銀髪の少女。
そしてもう一人は――。
「……え?」
あたしは絶句した。
そこには銀髪の少女と瓜二つの、黒髪の少女が笑っていた。
「白雪さくら(シラユキ・サクラ)と白雪さくら(ハク雪・サクラ)。……あの事故で死んだのはあんたの恋人の『サクラ』だけじゃない」
「……何を……」
「如月研究所が隠蔽した極秘プロジェクト『デュアルソウル』。あんたの今の体は二人の少女の遺伝子を掛け合わせ、再構築された、人間を超えたスペアなんだよ」
一ノ瀬の言葉があたしの頭を殴りつける。
恋人の肉体を引き継いだという認識すら、博士に植え付けられた偽りの記憶だったのか。
「じゃあ、あたしの中にあるこの記憶は……。恋人と過ごしたあの時間は……!」
「半分は本物で、半分は“造られた”ものかもしれない。……如月博士は、あんたを『適合者』として選んだ。男の脳の方が肉体の急激な変化に耐えられるという、非人道的な実験データのために」
あたしは膝から崩れ落ちそうになった。
あたしの「あたし」という自覚。
少しずつ女子の体に慣れていく感覚。
それらすべてが試験管の中で計算された「融和」の結果だというのか。
――シーン3:目覚める「彼女」の声――
「う……っ、あああッ!」
突如、割れるような頭痛があたしを襲った。
視界が歪む。
ピンク色のネグリジェ、ぬいぐるみの部屋、苺味のサプリメント――。
それらが濁流のように押し寄せ、脳内の「俺」の領域を土足で荒らしていく。
『……だれ?』
脳裏に知らない少女の声が響いた。
あたしの声に似ているけれど、もっと冷たくて透き通った声。
「さくら! しっかりしろ!」
駆け寄った一ノ瀬があたしの肩を強く掴む。
その瞬間、あたしは彼を、女子とは思えないほどの膂力で突き放した。
「……触らないで」
口から出たのは、あたしの声ではなかった。
氷のように冷徹で、気品に満ちた知らない誰かの響き。
あたしは自分の両手を見た。
白くて細い指。
その指先がわずかに「銀色」の光を帯びて震えている。
「……あたしは、誰? あたしの中に誰がいるの……?」
一ノ瀬久遠は苦悶に満ちた表情で立ち尽くしていた。
彼の瞳には、あたしへの同情ではなく、もっと深い、後悔のような色が浮かんでいた。
「……すまない。俺が……俺が、もっと早くお前を見つけていれば」
一ノ瀬の言葉は、今のあたしの耳には届かなかった。
あたしの中の「俺」が、
遠くへ消えていく。
代わりに、冷たい「銀髪の少女」の意識が、あたしの手足の自由を奪い始めていた。
(次回予告)
失われゆく自意識。
「白雪さくら」を名乗るもう一人の存在。
あたしを狙う謎の追跡者と一ノ瀬久遠が隠し持つ「銃」。
次回、第7話「嵐の転校生」
学園生活の裏側で、血と硝煙の戦いが幕を開ける!




