第5話:研究所からの招待状
――シーン1:白い無機質な檻――
学校の喧騒が嘘のように静まり返った、深夜の如月研究所。
あたし――白雪さくらは、冷たい診察台の上に横たわっていた。
「血圧、正常。ホルモンバランス……やや不安定だが許容範囲内だね」
眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、如月博士がタブレットを操作している。
あたしは今、薄い検査着一枚。
「定期メンテナンス」という名の検診は、この体が「白雪さくら」として正しく機能しているかをチェックする、あたしが最も嫌いな時間だ。
「……ねえ、如月のじいさん。あたしの体、本当にどこも悪くないの?」
思わず漏れた「あたし」という言葉。博士は一瞬、手を止めてニヤリと笑った。
「ほう、『あたし』か。脳が肉体の性へ適応し始めた証拠だ。喜ばしい。君の脳と彼女の体は期待以上の速度で融和しているよ」
「喜ばしくないわよ……。気持ち悪いんだから」
あたしは顔を背けた。
自分の意識が書き換えられていく恐怖。それを融和と呼ぶこの男が、時々ひどく恐ろしくなる。
――シーン2:事故の残像――
「博士。……一ノ瀬久遠って男があたしに接触してきたわ」
その名前を出した瞬間、診察室の空気が凍りついた。
博士の指が、ピクリと止まる。
「……一ノ瀬、だと?」
「ええ。あたしたちの事故がただのスリップ事故じゃないって……あいつ何かを知ってるみたいだった」
博士は深く椅子に背を預け、天井を見上げた。
その表情にはいつものマッドサイエンティスト然とした余裕はなく、隠しきれない焦燥が滲んでいた。
「さくら。君に忠告しておく。あの一ノ瀬という男には、深入りするな。彼は君を『元に戻す』存在ではない。君を破壊する存在だ」
「破壊……? どういうことよ!」
「今はまだ知る必要はない。メンテナンスは終了だ。さっさと着替えて帰りたまえ。……ああ、そうだ。新しいサプリメントを処方しておいた。ピンクの小瓶だ。忘れずに飲むんだよ」
追い出されるように診察室を出たあたしの手には、可愛らしい装飾の施された、 shadow、中身の知れない錠剤の瓶が握られていた。
――シーン3:深夜の帰宅、 shadow……――
研究所の送迎車で家に戻り、ぬいぐるみだらけの自分の部屋に飛び込む。
ピンクのネグリジェに着替えながら、あたしは鏡を見た。
銀髪の美少女。
触れれば壊れそうなほど繊細な、かつての恋人の肉体。
(一ノ瀬くんは何を知ってるの? 博士は何を隠してるの……?)
あたしは処方されたサプリメントを一粒、口に含んだ。
甘い、苺のような味がした。
その甘さがあたしの脳を痺れさせ、不安を無理やり溶かしていく。
ふと、スマホが震えた。ゆきなからのLINEではない。
登録のない番号からの一通のメッセージ。
『明日の放課後、旧校舎の屋上に一人で来い。君の体の本当の“ドナー”について教えてやる。――一ノ瀬久遠』
「本当の……ドナー?」
あたしの体は、恋人の「さくら」のものではないのか?
手元に落ちたサプリメントの瓶が、カランと虚しい音を立てた。
あたしの心臓が女子特有の細く鋭い鼓動を刻み、激しく胸を叩く。
「あたしは……あたしは誰なの……っ」
答えを知るのが怖い。けれどもう止まれない。
夜の闇の中で、銀色の髪がまるで生き物のように不気味に光っていた。
(次回予告)
一ノ瀬久遠の呼び出し。
旧校舎の屋上で明かされる衝撃の「第3の事実」。
あたしが引き継いだのは本当に『彼女』だけだったのか?
次回、第6話「失われた記憶」
銀髪の美少女の皮を剥いだ先に、真実という名の怪物が潜んでいる。




