第4話:放課後の秘密会議
――シーン1:夕暮れの教室――
放課後を告げるチャイムが、どこか遠くの出来事のように聞こえる。
あたし――白雪さくらは机に突っ伏したまま、窓から差し込むオレンジ色の光を見つめていた。
(……あたし。今、自分のこと『あたし』って言ってなんとも思わなかった……?)
脳裏に過った一人称の違和感に、背筋がゾクっとする。
「俺」という意識が、この柔らかい肉体に少しずつ溶け出しているような、そんな恐怖。
一ノ瀬久遠に「自分を騙している」と指摘されてから、あたしの中の境界線は、音を立てて崩れ始めていた。
「さくら? いつまで寝てんの。帰るよ」
隣でカバンを肩にかけた佐倉ゆきなが、あたしの銀髪を軽く小突いた。
「……あ。う、うん。今、帰る……わ」
「その喋り方、まだ続けてるんだ。一ノ瀬くんが転校してきてから、あんたの不自然さ増してるよ?」
ゆきなの鋭い視線に、あたしは視線を逸らした。
一番近くにいる彼女には、あたしの動揺が手に取るようにわかるのだろう。
――シーン2:秘密のカフェ・トーク――
学校近くの、少し路地に入った目立たないカフェ。
ここがあたしとゆきなの放課後の「秘密会議」の場所だ。
「……ふぅ。やっと脱げる……っ」
あたしは席に着くなり、ブレザーのボタンを外し、首元のリボンを緩めた。
生地に締め付けられていた胸の解放感。でも、それを心地よいと感じてしまう自分に、また苦笑いが出る。
「で、どうなのよ。あの一ノ瀬って男」
ゆきながストロベリーシェイクを啜りながら、直球を投げてきた。
「どうって……。ただの嫌な奴よ。あたしのこと、中身まで覗き込もうとするような……」
「へぇ。あんなイケメンに覗き込まれてドキドキしなかった?」
「するわけないでしょ! 中身は男なんだから……。……でも」
あたしは自分の胸元に手を当てた。
「……でも、一ノ瀬くんに突き飛ばして『やめて!』って言った時。あたしの心臓、男の怒りじゃなくて女の子の悲鳴みたいに跳ねたの。……それが、怖くて」
ゆきなはシェイクを飲む手を止め、少しだけ寂しそうな顔をした。
「……さくら。あんた、もう元の体には戻れないんだよ? 如月博士も言ってたじゃない。これからの長い一生、女子として生きていくしかないんだって」
「分かってるわよ、そんなこと……」
「だったらさ、いつまでも『俺』にこだわってたら、壊れちゃうよ。女子の友達の他に……いつか彼氏とかも見つけないとさ」
ゆきなの言葉は優しくて、 shadow、残酷だった。
親友であるはずの彼女があたしに「女になれ」と促す。
それはかつての「男友達だった俺」への決別宣言のようにも聞こえた。
――シーン3:影と疑惑――
「あたし、そんなの……まだ考えられない」
あたしは「あたし」と言い切った自分に驚きながら、店を出た。
夕闇が深まり、街灯が点り始めている。
「じゃあね、ゆきな。また明日」
「うん、また明日。……あんまり悩みすぎないでね、さくら」
ゆきなと別れ、一人で住宅街の道を歩く。
ふと背後に気配を感じて、振り返った。
そこには、街灯の影に溶けるように立つ一人の人影があった。
一ノ瀬久遠だ。
「……ストーカー……かしら? 一ノ瀬くん」
あたしは努めて冷たく言い放つ。
「そんな趣味はない。……白雪さくら、あんたが通っているのは如月研究所だな」
心臓が跳ねた。
どうしてその名前を。
「……何の、ことかしら」
「あの事故の原因、警察はスリップ事故で処理したが、俺は信じてない。あの時、あの場所にいたのは……」
一ノ瀬が歩み寄ろうとした瞬間、あたしのスマホに緊急の着信が入った。
画面には『|如月研究所・検体管理部』の文字。
「……っ、ごめんなさい。もう行かなきゃ」
あたしは一ノ瀬の言葉を振り切るように、走り出した。
背後で彼が何かを叫んでいた気がしたが、耳元を流れる風の音で聞こえなかった。
(あたしは白雪さくら。この体で生きていくしかない……)
ピンク色のネグリジェが待つあの部屋へ。
そしてあたしを作った「創造主」の待つ場所へ。
物語の歯車が、あたしの意思とは無関係にシリアスな音を立てて加速し始めていた。
後書き枠(次回予告)
如月研究所へと召喚されたさくら。
そこで行われる「定期メンテナンス」という名の拷問に近い検査。
shadow、博士の口から語られる事故の衝撃の真真とは。
次回、第5話「研究所からの招待状」
銀髪の美少女に刻まれた残酷な『刻印』が明らかになる。




