第23話:最後の一葉
――シーン1:冷たい面会室――
隔離室の重い電子ロックが解除され、現れたのは佐倉ゆきなだった。
かつてあたし――白雪さくらを監視し、裏切った彼女の瞳には、今は任務としての冷酷さではなく、隠しきれない後悔が滲んでいる。
「……ゆきな。今さら、何の用?」
あたしは隣に座る、微動だにしない「人形」――久遠の手を握ったまま、冷たく言い放った。久遠はあたしの体温の変化に反応し、機械的に心拍を調整しようとする。その行為があたしの胸をいっそう締め付けた。
「博士は、次の段階へ進ようとしているわ。久遠を完全に『外部脳』として固定し、さくら、あんたを白雪グループの新たな象徴として祭り上げるつもりよ」
「……あいつを、このままにするっていうの?」
「いいえ。固定化されれば、久遠の本来の人格は二度と戻らない。……完全に消去されるわ」
あたしは久遠を強く抱きしめた。
あたしを生かすために、あいつの魂が消える。そんなこと、あっていいはずがない。
――シーン2:最後の一葉――
ゆきなは周囲を警戒しながら、あたしの耳元で囁いた。
「一つだけ、方法があるわ。……如月博士のメインサーバーには、プロトコル・ゼロを逆転させる『リセット・プログラム』が隠されている。それを使えば、久遠の意識をバイパスから切り離せるわ」
「本当……!? だったら、すぐに……っ」
「待って。代償があるの」
ゆきなの声が沈んだ。
「接続を無理やり引き剥がせば、久遠の意識は戻る。でも、その衝撃であんたの中に残っている『男(俺)』としての記憶と、久遠と過ごした日々の『愛の記憶』……その全てが、あんたの脳から完全に欠落するわ」
「……え?」
「あんたは、ただの『白雪さくら』という、過去を持たない空っぽの少女になる。……彼を救う代わりに、彼への想いを失うのよ」
それは、死よりも残酷な宣告だった。
あたしがあたしであるための理由――元男子としての矜持も、久遠を愛したこの激しい痛みも、すべてを差し出せというのだ。
――シーン3:静かなるワルツ――
「……久遠くん」
あたしは隣の「人形」を見つめた。
彼は何も言わない。あたしがどれほど泣き叫んでも、彼の虚ろな瞳はあたしを映さない。
けれど、ふと気づいた。
あたしが握っている彼の手が、微かに、本当に微かに震えていることに。
それはプログラムのバグか、それとも、奥底に沈んだ彼の魂が、あたしの悲しみを感じ取っているのか。
「……あたしから『俺』がいなくなっても。あんたを好きだった記憶が消えても。……あんたが笑ってくれるなら、それでいい……わ」
あたしの心の中で、最後の一葉が散る音がした。
「俺」という少年の意識が、遠くで「あばよ」と笑って消えていくような気がした。
「ゆきな。……やるわ。あたしを、壊していい」
「……分かった。明日、最終実験の隙を突いて実行する。……さくら、最後にこれだけは言わせて。……あんたを騙してた時も、あんたの友達だった時間は、あたしにとっても……本当だったよ」
ゆきなはそれだけ言うと、暗闇の中に消えていった。
――シーン4:明日なき夜の誓い――
静まり返った隔離室で、あたしは久遠の肩に頭を預けた。
窓から見える月は、あの日夏祭りで見たものと同じように綺麗だった。
「ねえ、久遠くん。明日、あたしはあんたのことを忘れちゃうかもしれない」
久遠は答えず、ただあたしの呼吸に合わせて胸を上下させている。
「でも、もしあたしが何もかも忘れちゃっても……もう一度、あたしを見つけてね。……あたしがどんなに冷たくても、また、あんたに恋をさせて」
あたしは彼の冷たい頬に、最後になるかもしれない「自覚ある口づけ」を落とした。
あたしの中に残った、最後の一片の「俺」が、温かい涙となってこぼれ落ちた。
運命の最終実験まで、あと数時間。
あたしが白雪さくらとして、愛する人を想う最後の夜が、静かに更けていく。
次回予告
如月研究所、最終実験。
ゆきなの決死の介入により、リセット・プログラムが起動する。
しかし、博士の執念が、さくらをさらなる深淵へと引きずり込もうとする!
次回、第24話「記憶の逆流」
さよなら、あたしの「俺」。




