第22話:操り人形のワルツ
――シーン1:冷たい沈黙――
「……久遠くん?」
あたし――白雪さくらは手術台の上で身体を起こした。
身体を焼いていたあの悍ましい熱は消え、代わりに氷のような静寂が全身を支配している。脳内はかつてないほどクリアで、周囲の電子機器の微細なノイズさえも「情報」として読み取ることができた。
だが、隣の台に横たわる一ノ瀬久遠を見た瞬間、あたしの心拍数は異常な数値を叩き出した。
「久遠くん、起きて。……ねえ、冗談でしょ?」
久遠はゆっくりと身体を起こした。かつての鋭い瞳は、今はただ深い霧に覆われたように空虚で、あたしを見ているようで、その実、何も見ていない。
「……おはようございます。検体さくら」
「……え?」
「バイパス接続、正常。これより、貴女の神経安定を最優先事項として行動します」
彼の声からは一切の感情が削ぎ落とされていた。
あたしを愛していると言ったあの熱も、震えるような指先の温もりも、すべてはあたしを「生かす」ためのエネルギーとして吸い取られてしまったのだ。
――シーン2:博士の指先――
「素晴らしい。完璧な調和だ」
部屋の隅で如月博士が狂喜に満ちた声を上げた。
「さくら、今の君は久遠君という外部演算装置を得て、ついに完成した。君が感情を乱せば彼がそれを肩代わりして処理する。君が戦えば彼がその演算を補助する。……二人は文字通り、死が二人を分かつまで離れられない存在になったのだよ」
「……こんなの、あたしが望んだことじゃないわ!!」
あたしは博士に飛びかかろうとした。だが、その瞬間に。
ガシッ、と。
強い力であたしの手首が掴まれた。
「……久遠、くん……?」
「検体さくらの感情指数、危険域を突破。強制鎮静シーケンスを開始します」
久遠があたしの首筋に手を触れる。その瞬間、あたしの意識に強烈な「凪」が流れ込んできた。怒りが、悲しみが、強制的にフラットにされていく。久遠の瞳が一瞬だけ痛みに歪んだような気がした。
あたしの感情を安定させるたびに、彼がその「毒」を代わりに飲み込んでいるのだ。
――シーン3:操り人形の初陣――
「さあ、実験を始めよう。白雪征一郎亡き今、この力のデモンストレーションが必要だ」
博士の合図と共に、演習用のドロイドが四方から現れる。
あたしの身体は自分の意志とは無関係に動き出した。
「戦闘モード、移行」
久遠が短く告げると、あたしの視界に複雑な弾道予測線が投影される。
あたしが右手を振れば久遠がその動きを最適化し、最小限の力で敵を粉砕する。
流れるような、残酷なまでに美しい格闘の円舞曲。
あたしたちは一組の操り人形だった。
如月博士という人形師が操る糸に従い、あたしたちは無機質な破壊を繰り返す。
敵を倒すたびに久遠の顔色が悪くなっていくのがわかる。あたしの中の闘争本能が彼の精神を蝕んでいる。
「やめて……もう、やめてよ……っ!」
あたしの心の中の悲鳴さえも、久遠によって「ノイズ」として処理されて消えていく。
――シーン4:ガラス越しの再会――
訓練が終わった後の冷たい隔離室。
あたしは床に座り込む久遠の前に跪いた。
「久遠くん。……あたしのこと分からないの? 俺だよ。あんたが守ってくれたさくらだよ」
久遠は答えず、ただ壁の一点を見つめている。
あたしは彼の手に自分の手を重ねた。
かつてあれほど熱かった彼の手は、今は驚くほど冷たい。
「……あんたがいない世界で生き残るくらいなら、あたし、あの時死んだ方が良かったわ」
あたしの頬を伝う涙。
それさえも久遠は無言で、指先で拭い取った。
それは優しさではなく、あたしの「湿度」を調整するための、ただのプログラムされた動作。
あたしたちを繋ぐのは愛ではなく、呪いのような神経回路。
あたしは自分の魂を半分切り取って生き長らえている怪物なのだと初めて自覚した。
その時、閉ざされたドアの向こうで誰かの足音がした。
「……さくら。そこにいるんでしょ」
聞き覚えのある、けれど今は聞きたくなかった声。
――佐倉ゆきな。
彼女が何かを決意した顔でドアを開けた。
次回予告
無感情な兵器と化した久遠。
さくらの絶望を救うために裏切り者のゆきなが提示する「最後の賭け」。
shadow、そのためには、さくらの「記憶」のすべてを消去しなければならない。
次回、第23話「最後の一葉」
あたしから「俺」が消えても、あんたを愛せる?




