第1話:目覚めたらピンクの楽園
――シーン1:お姫様の牢獄――
「……ふぅ。まだ、慣れない……わね」
目が覚めて最初に視界に飛び込んできたのは、天井から吊るされた純白のレース天蓋だった。
意識が覚醒するのと同時に喉から漏れたのは、自分でもゾクっとするほど透き通った声。
慌てて「わね」なんて語尾を付け足してみるが、脳内では*(……クソ、なんだこの喋り方! 反吐が出る!)*と、かつての自分が毒づいている。
体を起こすと、ベッドを囲む色とりどりのぬいぐるみが、無機質な瞳でこちらを見ていた。
壁紙も、カーテンも、カーペットも。視界の隅々まで、暴力的なほどに「ピンク色」に統一された部屋。
白雪さくら――。
それが今のあたしの名前だ。
「さくら……」
呼んだのはかつての恋人の名前であり、今のあたしの肉体の主の名前。
担ぎ込まれた如月研究所での宣告は非情だった。
『君の脳は無事だったが体は失われた。そして彼女は、体は無事だったが脳死状態だった。だから移植したんだ』
元に戻る方法はない。
俺は亡き恋人の美貌を引き継ぎ、彼女として一生を終えなければならないのだ。
――シーン2:美少女の「儀式」――
『ピコン』
枕元のスマホが鳴る。親友の佐倉ゆきなからのLINEだ。
ゆきな:「おはよ!銀髪美少女さん。今日もちゃんと起きてる?校門の前で待ってるからねー」
親友……。あたしが男だった頃からの腐れ縁で、この「異常事態」を知る唯一の協力者だ。
「起きてる……わよ。お節介……だわ」
指が震える。打ち込んだ文字すら自分のものではない気がして気持ち悪い。
だがあたしは意を決してベッドから這い出した。
身に纏っているのは、フリルたっぷりのピンクのネグリジェ。
「女性ホルモンの分泌を促す環境を」という如月博士の指示で用意されたものだ。
あたしはバッとその裾を掴み、一気に脱ぎ捨てる。
全身鏡の前に、一糸まとわぬ姿が映し出された。
「……っ」
思わず息を呑む。何度見てもこの体は「凶器」だ。
さらさらと流れる銀髪。陶器のような白い肌。
華奢な肩から続く柔らかな胸の膨らみ、きゅっと引き締まったウエスト。
そして自分でも直視するのに勇気がいる、柔らかそうな肉を湛えた大きなお尻。
「……よし、やるぞ」
自分に気合を入れ、あたしは「儀式」を始めた。
まずは繊細なレースがあしらわれたブラジャーを手に取る。
最初はホックを止めるだけで十分かかった。今はもう数秒だ。
柔らかい肉を無理やりカップに収め、ストラップを肩にかける。肌に食い込む独特の重みと圧迫感。
次に、指が触れるのも躊躇われるようなぱつぱつの小さなショーツを引き上げる。
布地が食い込むたびに、肉体の「女」という実感が物理的な刺激となって脳に突き刺さる。
白のブラウスを着て、チェックのスカートを履く。
仕上げに紺色のブレザーを羽織り、鏡の前で自分の姿を確認した。
カッチリとしたブレザーの感触が、少しだけ「男だった頃の自分」を守ってくれているような気がして、今のあたしには救いだった。
「ふぅ……。お、お待たせ、鏡の中の私さん……?」
鏡の中には、どこからどう見ても学園一の「絶世の美少女」が完成していた。
――シーン3:校門前の試練――
通学路を歩けば、街の景色が止まるのがわかった。
自転車の男子が電柱にぶつかりそうになり、トラックの運転手が二度見する。
銀髪ロングというだけでも目立つのに、この容姿だ。
「さーくら!遅い!」
校門の前で待っていたのは佐倉ゆきなだ。彼女の着こなすブレザー姿はいつも通り快白で、俺の心を少しだけ軽くさせる。
「ご、ごめん……。リボンの形がなかなか決まらなくて……苦労したの」
「……ぷっ!あははは!あんた、その喋り方やっぱり無理があるって!」
「笑うな……じゃなくて、笑わないで!……よ。努力してるんだから」
ゆきなと並んで校門をくぐろうとした、その時。
「あ、あの!白雪さん!」
横から飛び出してきたのは、見知らぬ男子生徒だった。
手には、これ以上ないほどベタな、ピンク色の封筒。
「これ、読んでください!一目見た時から、好きでした!」
(……おいおい、あたしの中身を知ったら腰抜かすぞ、お前)
そんな本音を押し殺し、あたしは引き攣った笑顔を貼り付ける。
「あ、ありがと……う。でも、今は……その、お勉強が恋人……かしら?」
無理に作った裏声気味の淑やかな声。
男子生徒は「女神だ……」と呟いて呆然と立ち尽くしている。
「……ふぅ。教室に着くまでに、寿命が縮まる……わ」
「お疲れさま、さくら。でも、ほら。あいつはちょっと違うみたいだよ?」
ゆきなが顎で示した先――。
校舎の陰に、一人の男子生徒が立っていた。
一ノ瀬久遠。
彼は他の男子のように鼻の下を伸ばすこともなく、ただじっと、俺の「魂」を射抜くような眼差しを向けていた。
「……な、何よ。私の顔に、何かついてる……かしら?」
俺が虚勢を張って問いかけると、彼は短く「いや」とだけ答え、背を向けて歩き出した。
その背中を見送りながら、俺は胸の奥がチリりと焼けるような、奇妙な予感に襲われていた。
(次回予告)
第2話:モテモテさくら




