第18話:偽りの記憶
――シーン1:閃光のあとの空白――
「……ぁ、……っ」
激しい衝撃波が、雨の交差点を白く染め上げた。
あたし――白雪さくらの身体から放たれた謎の発光。それは研究所の精鋭部隊の電子機器を一瞬で無力化し、あたしたちに「逃げ場」という名の空白の時間を与えた。
「さくら! 大丈夫か!?」
久遠があたしを抱きかかえ、闇の中へと駆け出す。
shadow、あたしの意識は泥のように濁っていた。
脳内に響く警報のような電子音。 shadow、パズルのピースが砕け散るように、あたしの中の「大切な何か」が剥がれ落ちていく感覚。
(……あれ? あたし、どうしてこの人と一緒に走ってるんだっけ?)
一瞬、久遠の顔が「知らない誰か」に見えた。
あたしの中の「男(俺)」の記憶と「女」の記憶。その繋ぎ目が過負荷によって融解し始めていた。
――シーン2:摩滅する名前――
辿り着いたのは廃工場の一角。
雨を凌げる暗がりの中で、久遠はあたしを座らせ、傷ついた自分の腕を顧みずにあたしの顔を覗き込んだ。
「さくら、しっかりしろ。……記憶が混濁しているのか? 博士の言ったことなんて気にするな」
「……久遠、くん……だよね? ごめん、一瞬だけ、あんたの名前が思い出せなくて……」
あたしは震える指先で自分の頭を押さえた。
「俺」が通っていた高校の景色。部活の仲間たちの顔。
「さくら」が愛していた、あの事故の日の夕暮れ。
それらが混ざり合い、色を失い、真っ白なノイズに変わっていく。
「博士が言ってたことは……本当だったのかも。あたし、もう『俺』が誰だったのか、思い出せない。恋人のさくらが、どんな声で笑ってたかも……消えちゃいそう……っ」
あたしは久遠の胸に顔を埋めた。
涙が溢れる。けれど、その涙が「男としての悔しさ」なのか、「女としての悲しみ」なのかさえ、もう判別がつかない。
――シーン3:侵食される自我――
「さくら……」
久遠があたしの頬を両手で包み込んだ。
その手の温もりが、あたしをこの世界に繋ぎ止める唯一の錨だ。
「記憶なんて、ただのデータだ。……おまえが昨日俺に笑いかけたこと、俺を助けようとしてくれたこと。その『今』の積み重ねが、今のおまえを作ってる」
「……でも、このままだと、あたし……。あたし自身が、消えちゃう……」
その時、あたしの指先に再び銀色の光が灯った。
肉体が精神の混乱を検知し、強制的に「人格の統合」を完了させようとしているのだ。
博士のプログラムは、あたしの心を「一つ」にするために不要な記憶を消去し始めている。
『……いいよ。わたしが、代わってあげる』
脳裏で、あの銀色の少女の声がはっきりと聞こえた。
あたしの中の「俺」でも「彼女」でもない、冷徹な生存本能としての「白雪さくら」。
「……っ、嫌! 忘れたくない! 苦しくても、この痛みだけはあたしのものなの……!」
――シーン4:偽りの終焉――
「見つけたよ、さくら。……無駄な抵抗はやめなよ」
廃工場の入り口。雨に濡れたゆきながレーザーサイトのついた銃を構えて立っていた。
背後には博士の命を受けた回収班が影のように控えている。
「ゆきな……」
「あんたの脳はもう限界。このままじゃ廃人になるか、化け物になるかのどっちかだよ。……博士のところに戻って再フォーマットを受けな。そうすれば、また『幸せな白雪さくら』になれる」
ゆきなの言葉は、逃避を促す甘い毒のようだった。
苦しみも、矛盾も、消えていく記憶への恐怖もない、完璧な人形。
「……断る……わ」
あたしは久遠の肩を借りて、ふらつきながらも立ち上がった。
銀髪が逆立ち、あたしの瞳は右が碧、左が銀へと変色し始めていた。
「あたしが消えるとしても……。この痛みと一緒に最後まで抗ってやる。……それが、あたしが『あたし』であるための最後の証明よ!!」
あたしの叫びと共に廃工場内の鉄骨が共鳴し、凄まじい放電現象が起きた。
記憶は失われても、この男への愛だけは細胞の一つ一つに刻み込んでやる。
戦いはもはや、人間としての領域を超えようとしていた。
次回予告
崩壊する精神を抱え、さくらは最後の戦いへ。
久遠が語る彼自身の「過去」と「罪」。
二人の絆を断切るために如月博士が放つ「究極の刺客」とは。
次回、第19話「本当の敵」
さくら、あんたが最後に呼ぶ名前は、誰の?




