第17話:事故の記憶
――シーン1:運命の交差点――
激しい雨は止む気配がない。
トラックを乗り捨て、這々の体で逃げ延びた先。あたし――白雪さくらと一ノ瀬久遠が辿り着いたのは、皮肉にもあの日、全てが壊れた「運命の交差点」だった。
「……ここだわ」
アスファルトに刻まれた古い急ブレーキの痕。今は雨に濡れて黒く光っている。
あたしの脳裏に、強烈な頭痛と共にノイズが走った。
トラックのライト、悲鳴、 shadow、隣に座っていた「さくら」の血に染まった銀色の髪。
「さくら、しっかりしろ。……奴らが来る」
久遠が傷ついた肩を抑えながら、あたしを庇うように立つ。
暗闇の向こうから、ゆっくりと一台の黒いセダンが近づいてきた。
ヘッドライトが逆光となり、そこから降りてきた男の影を巨大に映し出す。
「……ようやく記憶が追いついたようだね」
如月博士だった。
――シーン2:暴かれる第3の真実――
「如月……! まだあたしたちを追いかけるつもり!?」
あたしは叫んだ。けれど博士は慈しむような、それでいて冷酷な笑みを浮かべて一歩ずつ近づいてくる。
「追いかける? 違うよ、さくら。私は君を迎えに来たんだ。君が抱えている、その『二つの絶望』を終わらせるためにね」
「二つの……絶望?」
「君は、恋人である『さくら』の肉体に自分の脳が移植されたと思っている。……だが、それは私が君に与えた都合の良い『物語』に過ぎない」
博士が指を鳴らすと、背後のセダンからホログラムのデータが空中に投影された。
事故直後のカルテ。そこには信じがたい記録が記されていた。
「あの日、君の脳もまた修復不可能なダメージを受けていた。脳死状態だったのは彼女だけじゃない。君もだったんだよ」
「な……っ」
「私は君たちの残された脳細胞を抽出し、再構築し、一つの新しい『人格』として統合した。……今の君は男だった君でもなければ女だった彼女でもない。二人の記憶を混ぜ合わせた新しい生物なんだよ」
――シーン3:銀色の声の正体――
あたしの足から力が抜けた。
自分が「俺」だと思っていた記憶すら、博士によって繋ぎ合わせられたパッチワークだったというのか。
あたしの中にある「俺」の意志も、久遠を求めている「彼女」の熱も、全ては計算された合成物。
『……ねえ、聞こえる?』
脳内にあの澄んだ声が響く。
今までは幻聴だと思っていた。けれど今はっきりと分かる。
これは、肉体が発する声じゃない。
あたしの中にあたしと等しく存在する「白雪さくら」という意識の残滓だ。
「……あたしは誰なの。あたしは一体誰を愛してるのよ!」
あたしは自分の頭を抱えて叫んだ。
久遠を愛しているのは、あたし(俺)なのか? それとも、混ざり合った彼女の成分なのか?
「答えは一つだ、さくら」
博士が手を差し伸べる。
「君の脳内にある二つの意識は、今、完全に融和しようとしている。……そのプロセスが終われば君は苦しみから解放され、完璧な存在になれる。私の元へ戻りなさい」
――シーン4:久遠の決断――
「……ふざけるな」
震える声で遮ったのは久遠だった。
彼は銃を博士に向けたまま、あたしの肩を強く抱き寄せた。
「さくらが誰の混ざり物だろうと関係ない。今、俺の隣で泣いて、俺の名前を呼んでいる……この『心』が、俺の愛する全てだ!」
「久遠くん……」
「博士、あんたの実験は失敗だ。……さくらの魂はあんたのプログラムを超えた」
久遠の瞳に、不退転の決意が宿る。
博士は溜息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……残念だよ。ならば力ずくで回収するしかないね。……ゆきな君、やりなさい」
闇の中から無数のレーザーサイトが再びあたしたちを狙う。
交差点の中央、あたしたちは四方を囲まれた。
絶体絶命の瞬間、あたしは久遠の手をギュッと握りしめた。
(……たとえあたしが造られた偽物でも、この温もりだけは渡さない)
その時、あたしの銀髪がかつてないほど激しく発光し、周囲の雨粒を蒸発させるほどの熱量を放ち始めた。
【次回予告】
交差点で覚醒する、さくらの未知なる力。
如月研究所の精鋭部隊を相手に、二人の命懸けの突破口が開かれる。
しかし、その代償として、さくらの記憶の一部が剥落し始め……。
次回、第18話「偽りの記憶」
あたしが最後に忘れるのは、あんたの名前?




