第16話:包囲網を突破せよ
――シーン1:閃光の強襲――
「……っ、久遠くん!」
あたし――白雪さくらは、激しい衝撃音と共に床へ伏せた。
窓ガラスが粉々に砕け散り、雨風と共に無数の催涙ガス弾が部屋に放り込まれる。
赤いレーザーサイトの光が、煙の中を無機質に這い回っている。
「さくら、これを被ってろ!」
久遠が濡れたタオルをあたしに押し付け、自分は懐から取り出した自動拳銃のセーフティを外す。
かつての「俺」なら、この状況で震えるだけのお姫様役なんて御免だった。けれど、今のあたしの肉体は恐怖でガチガチと震え、久遠の背中に縋り付くことしかできない。
「目標確認。検体さくら、および叛逆者・久遠を確保せよ。抵抗する場合は四肢の欠損を許可する」
スピーカー越しに響くのは、聞き覚えのある、けれど血の通わない女の声。
――佐倉ゆきな。
かつての親友であり、あたしを「管理」していた監視者がすぐそこにいた。
――シーン2:死線を駆ける銀髪――
「……行くぞ、さくら。俺から離れるな!」
久遠があたしの手首を掴み、爆煙の中を駆け出した。
アパートの廊下には、全身を黒いタクティカルギアで固めた武装集団がひしめいている。
「どけッ!」
久遠の銃声が狭い廊下に反響する。彼は迷うことなく引き金を引き、敵の肩や足を正確に撃ち抜いていく。
あたしは彼の背中に守られながら、必死に足を動かした。
長い銀髪が乱れ、慣れない女子の身体が悲鳴を上げる。
「久遠くん、あそこ……っ!」
非常階段の踊り場。そこにはライフルを構えたゆきなが立っていた。
彼女の瞳には迷いがない。あたしたちが共有した「思い出」なんて最初から一文字も刻まれていなかったかのように。
「さくら、残念だよ。あんたがもっと早く『人形』として完成していれば、こんな痛い思いはさせなかったのに」
「ゆきな……っ、あんたこそ博士の人形じゃない!」
あたしは叫んだ。その瞬間、ゆきなの指が動く。
銃弾があたしの頬をかすめ、銀髪のひと房を切り裂いた。
――シーン3:覚醒する「力」――
「さくらッ!」
久遠がゆきなに向けて応射するが、彼女は手慣れた動作で遮蔽物に身を隠す。
圧倒的な物量差。廊下の両端から特殊部隊が距離を詰めてくる。
(……このままじゃ、久遠くんが死ぬ)
その時、あたしの頭の中でパキンと何かが弾ける音がした。
恐怖が消え、視界が異常に鮮明になる。
心拍数は極限まで高まっているはずなのに、脳内は氷のように冷えていく。
「……どいて。久遠くん」
あたしの口から漏れたのは、自分でも驚くほど低く、凛とした声だった。
あたしは久遠の手から予備のマシンガンを奪い取ると、信じられない速度で装填を助けた。
いや、それだけじゃない。
あたしの身体が勝手に「敵の死角」を読み取っていた。
「……左から二人。右の角に一人。……今よ!」
あたしは久遠の腕を引き、敵の射線の隙間を縫うように飛び出した。
かつてのバレー部エースとしての動体視力と、この身体が持つ再構築された反射神経が、絶望的な状況下で初めて完全にシンクロしたのだ。
「何だ……今の動きは……!?」
ゆきなの驚愕の声を背に、あたしたちは三階の窓から、階下に停めてあったトラックの荷台へと飛び降りた。
――シーン4:奈落へのダイブ――
雨に濡れた荷台の上。あたしは荒い息を吐きながら久遠を見上げた。
久遠は肩に弾を掠めていたが、あたしを抱きしめる腕の力は緩めなかった。
「……さくら。今のおまえ……」
「……分からない。微に、守りたかったの。久遠くんだけは……」
トラックが急発進し、燃え盛るアパートが遠ざかっていく。
あたしの手は、震えていた。
けれど、それは恐怖の震えじゃない。
自分の中に、もう一人、冷酷で完璧な「白雪さくら」が誕生したことへの得体の知れない高揚感だった。
あたしの中の「俺」はもう死んだ。
けれど、新しく生まれた「あたし」は愛する男を守るために、その手に銃を取ることを厭わない怪物へと変貌しつつあった。
追跡は止まらない。
雨のハイウェイ、背後から迫る無数のライトを見つめながら、あたしは久遠の傷口を自分のスカーフで固く縛った。
「……次はあたしが守るわ」
その瞳は、もはやお淑やかな女子のものではなかった。
(次回予告)
激しい追撃戦の末、二人が辿り着いたのは、
かつて事故が起きた「運命の交差点」だった。
そこに現れた如月博士が告げる残酷な真実。
「さくら、君の脳には最初から彼女の意識も同居していたのだよ」
次回、第17話「事故の記憶」
全てのパズルのピースが血に染まって繋がっていく。




