第15話:久遠の告白
――シーン1:冷たい雨の疑惑――
夕暮れと共に降り出した雨が、古いアパートの窓を激しく叩いている。
あたし――白雪さくらは、床に落ちた「観察記録」のファイルを凝視したまま立ち尽くしていた。
(あたしの恋心まで、パーセンテージで管理されてたっていうの……?)
「……さくら、ただいま。雨が酷くなってきたな」
玄関のドアが開き、濡れた紙袋を抱えた一ノ瀬久遠が帰ってきた。
あたしの心臓が、恐怖と愛おしさでぐちゃぐちゃにかき乱される。かつての「俺」なら激昂して問い詰めたはずだ。けれど今のあたしは、彼を失うことを恐れて声が震えてしまう。
「……これ、何? 久遠くん」
あたしは震える指でファイルを指した。
久遠の手から買い物袋がドサリと落ちる。中に入っていた林檎が床を転がり、あたしの足元で止まった。
――シーン2:仕組まれた再会――
「……それを見たのか」
久遠は動揺を見せなかった。ただ、その瞳に深い、昏い影が落ちる。
「教えて……。あなたも如月博士の仲間なの? あたしを女の子にするために、わざと優しくしてたの……っ?」
「……最初はそのつもりだった」
久遠の言葉にあたしは息を呑んだ。
「俺も博士に拾われた孤児だ。事故のあと、おまえの『番』として適合するように処置を受けた。……おまえが俺に恋をすれば、脳の書き換えは完了する。それが博士の狙いだった」
あたしは激しい眩暈に襲われ、壁に背を預けた。
あたしの胸の高鳴りも、あの調理実習でのドキドキも、全部プログラムの計算通りだったというのか。
「……最低だわ。あなたも、博士も……。あたしの心、何だと思ってるのよ!」
あたしは彼を突き飛ばそうとした。けれど、久遠は逃げるあたしの手首を掴み、強く、壊れそうなほど抱きしめた。
――シーン3:狂おしい真実――
「放して……っ、放してよ!」
「……最初は仕事だった! だが、さくら……おまえが必死に『男』として踏ん張って、それでも不器用に笑う姿を見て……俺の方が狂わされたんだ!」
久遠の声が耳元で震えている。
「博士を裏切っておまえを連れ出したのは、実験のためじゃない。……おまえを誰にも渡したくなかったからだ。記録を付けていたのは、おまえの精神が崩壊しないか怖かったからだ……!」
「嘘……嘘よ……」
「嘘じゃない! おまえが今感じている鼓動がプログラムだとしても……俺が今、おまえを愛しているこの気持ちだけは、俺自身の魂だ!」
久遠の唇が、あたしの唇を塞いだ。
強引で、けれど泣き出しそうなほど切ない口づけ。
あたしの脳内にある「俺」の記憶が、真っ白に弾けて消えていく。
(……ああ。もう、どうでもいい……)
彼が味方であろうと敵であろうと、この腕の温かさだけは本物だ。
あたしは彼の背中に手を回し、爪が食い込むほど強く、その体を求めた。
「元男子」としての矜持が最期の悲鳴を上げて消滅し、一人の「白雪さくら」という少女が完全に完成した瞬間だった。
――シーン4:終わりの始まり――
二人が抱き合う部屋の隅。
あたしのスマホが不気味な着信音を鳴らした。
画面に映るのは、不敵に微笑む如月博士の顔。
『おめでとう、久遠君。 shadow、さくら。ついに統合が完了したね。……さあ、いよいよ最終段階だ。君たちの愛が本物かどうか試させてもらおう』
アパートの周囲を、無数の車のライトが囲む。
激しい雨の中、赤いレーザーサイトの光が窓を突き抜けて、あたしの胸元に止まった。
「……久遠くん、あたし……」
「大丈夫だ、さくら。離れるな」
久遠はあたしを守るように、懐から黒い銃を取り出した。
あたしの恋が完成したその日に、世界はあたしたちを殺しにやってきたのだ。
(次回予告)
ついに結ばれた二人。
しかし、研究所の特殊部隊がアパートを完全包囲する。
絶体絶命の窮地で、久遠が隠し持つ「最後のカード」とは?
次回、第16話「包囲網を突破せよ」
愛は、銃弾よりも速く。




