第13話:夏祭りの浴衣
――シーン1:逃亡者の休息――
研究所から脱出したあたし――白雪さくらと一ノ瀬久遠は、如月博士の手が及びにくい地方都市の古いアパートに身を寄せていた。
名前も過去も、信じていた親友さえも失ったあたしに残されたのは、この「銀髪美少女」の体と、隣にいる不器用な少年だけ。
「……ねえ、久遠くん。本当にいいの? あたし、浴衣なんて着たことない……わよ」
「……目立たないためだ。今日はこの街の大きな祭りがある。浴衣姿の男女なら、家出人だとは思われないだろう」
久遠がどこからか調達してきたのは、淡い桃色の生地に桜の花びらが舞う、可憐な浴衣だった。
――シーン2:慣れない「女」の装い――
鏡の前であたしは悪戦苦闘していた。
(……くっ、この帯、どうやって結ぶのよ!? ブラジャーは外さなきゃいけないし、なんだかスースーして落ち着かない……わ)
かつての「俺」なら、浴衣なんて腰紐一本で適当に結んで終わりだった。けれど、今のあたしはこの「白雪さくら」という器にふさわしい着こなしを求められている。
「……久遠くん。ちょっと手伝って……」
あたしは意を決して、襖の向こうに声をかけた。
入ってきた久遠は、あたしの姿を見た瞬間、言葉を失ったように立ち尽くした。
銀髪をアップにまとめ、うなじを露出させたあたし。
桃色の浴衣が、白磁のような肌をより一層引き立てている。
「……似合ってないかしら?」
「……いや。……綺麗だ。如月博士が執着する理由が、少し分かった気がする」
「……バカ」
あたしは顔を赤らめて視線を逸らした。
久遠の手があたしの帯に触れる。
背後から回された彼の腕の熱が、浴衣越しに伝わってくる。
あたしの心臓は、祭りの太鼓よりも激しくドクドクと胸を叩いていた。
――シーン3:祭りの喧騒と、消えない不安――
夜の神社は、提灯の明かりと屋台の香ばしい匂いに包まれていた。
人混みの中、あたしは慣れない下駄で足を取られそうになる。
「……おっと」
久遠があたしの手を迷いなく握った。
大きな、節くれだった男の手。
「はぐれるなよ、さくら。あんたは……目を離すと、どこかへ消えてしまいそうだからな」
「……消えないわよ。あたしはここにいる……わ」
繋がれた手から彼の体温が流れ込んでくる。
あたしの中の「俺」は、もうほとんど声を上げない。
代わりに、この手が離れることを恐れる一人の女の子が、あたしの中心を占めていた。
綿あめを分け合い、金魚すくいに熱中する。
そんな、どこにでもある「カップル」のような時間。
けれど、あたしたちの耳には、祭りの囃子に混じって如月研究所の追手の足音が聞こえているような気がしてならなかった。
――シーン4:打ち上げ花火の下で――
祭りのクライマックス。
河原に座り、夜空を見上げる。
大きな花火が弾け、あたしの銀髪を七色に染めた。
「……ねえ、久遠くん」
「何だ」
「あたし……。本当のあたしが誰だったのか、もう思い出せなくてもいいって思い始めてるの。……今、こうしてあなたの隣にいるあたしが本物なら」
一ノ瀬は黙って、握った手に力を込めた。
「……ああ。おまえが誰であろうと、俺が今、守りたいのは……目の前にいる、おまえだけだ」
花火の音にかき消されそうな、小さな囁き。
あたしはそっと彼の肩に頭を預けた。
女子の体。女子の心。
たとえそれが造られたものだとしても。
この夏の夜の匂いと、隣にいる彼のぬくもりだけは、あたしにとって唯一の真実だった。
だが、その時。
あたしの視界の端に、浴衣姿の群衆に紛れてこちらをじっと見つめる「銀髪の少女」の影が見えた。
あたしと同じ顔。あたしと同じ髪。
けれど、その瞳には感情など一切宿っていない、虚無の光――。
あたしの幸せを嘲笑うように、花火の光がその影を飲み込んでいった。
(次回予告)
夏祭りの夜に見かけた、もう一人の自分。
動揺するさくらの前に、かつての親友であり監視者だったゆきなが再び現れる。
「さくら。あんた、鏡の中の自分と話したことある?」
第2クール、ついに本格始動。
次回、第14話「女の子としての自覚」
あたしの身体、あたしの魂。その所有権は誰にあるの?




