第12話:失われた名前
――シーン1:崩壊する聖域――
爆煙が特診室に立ち込める。
磁力拘束を強引に引き剥がし、あたし――白雪さくらは、駆け寄った一ノ瀬久遠の腕の中に飛び込んだ。
「久遠くん……っ! どうして……」
「話は後だ。如月博士、あんたの実験はここで終わりだ」
一ノ瀬の声はかつてないほど低く、怒りに震えていた。
教壇に立っていた時とは違う、戦う男の顔。その瞳の奥には、あたしと同じ「銀色の光」が微かに宿っているように見えた。
「終わる? 冗談を言わないでくれたまえ。一ノ瀬君、君こそ私の最高傑作の『番』ではないか」
博士は倒れた机の陰で、不気味に笑い声を上げた。
「さあ、ゆきな君。逃亡者を処理しなさい。君の『親友』を救えるのは、我々だけだ」
――シーン2:銃口を向ける親友――
研究所の長い廊下を、あたしたちは出口へ向かって走る。
shadow、最後のエレベーターホールの前で、その影が立ちはだかった。
「……そこまでだよ。二人とも」
冷たい声。
ブレザーを脱ぎ捨てタクティカルベストを身に着けた佐倉ゆきなが、こちらに銃口を向けていた。
「ゆきな……嘘でしょ? なんで、そんな格好……」
「さくら、あんたは何も知らないんだね。……あんたの男時代の親友『佐倉ゆきな』なんて人間は、最初から存在しないんだよ」
ゆきなの言葉にあたしの思考が止まる。
「あたしは研究所から派遣された、あんたの精神状態を管理するための『調整役』。あんたの男時代の記憶にあるあたしも、博士が植え付けた偽物の記憶なの。……全部、実験を円滑に進めるためのシナリオなんだよ」
「……っ、そんなの信じないわよ! あんたと一緒に食べたアイスも、パジャマパーティーで話した恋バナも、全部嘘だったっていうの!?」
あたしの叫びに、ゆきなの指が一瞬だけ震えた。
shadow、彼女の瞳はすぐに氷のような冷徹さを取り戻す。
「……嘘だよ。全部、あんたを完璧な『白雪さくら』に仕上げるための仕事。さあ、一ノ瀬から離れて。じゃないと、本当に撃つよ」
――シーン3:失われた「自分」への叫び――
あたしは一歩、前へ出た。
久遠が「危ない!」と腕を掴もうとしたが、それを振り切る。
「……ゆきな。あたしは今、あんたが言う通りの『造られた人形』かもしれない。名前も、記憶も、この喋り方も、全部嘘かもしれない」
あたしは自分の胸元――ブラウスの下で激しく波打つ、女子の心臓を強く押さえた。
「でも、今のこの胸の痛みだけは博士のサプリメントで作られたものじゃないわ。あんたを友達だと思って裏切られて……それで今、泣きそうなあたしの心だけは本物よ!!」
あたしの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
銀髪があたしの激情に呼応するように輝きを増した。
「あたしの名前は……白雪さくらじゃない! でも、あんたに壊されるだけの人形でもないわ!!」
「……っ、黙れ! 黙れッ!!」
ゆきなが引き金を引こうとした瞬間、一ノ瀬が背後から彼女を組み伏せた。
銃声が天井を貫き、火花が散る。
「逃げるぞ、さくら!」
久遠の手があたしの手を強く握る。
崩れ落ちるゆきなの姿を背に、あたしたちは非常階段へと飛び込んだ。
――シーン4:夜の闇へ――
研究所の外。冷たい夜風があたしの銀髪をさらっていく。
自由。
けれど、あたしにはもう帰る場所も、信じられる過去も、自分を呼ぶ本当の名前もない。
「……久遠くん。あたし、これからどうすればいいの……?」
泣きじゃくるあたしを、一ノ瀬は黙って抱きしめた。
「……名前なんて、これから作ればいい。俺も同じだ。俺たちの『魂』はまだどこにも属してないんだから」
遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。
あたしの中にあった「男」の意識はもうほとんど残っていない。
けれど、絶望の中に芽生えたこの一ノ瀬への想いだけが、今のあたしを生かしていた。
(第1クール・完)
(次回予告)
『デュアルソウルさくら』第1クールをお読みいただきありがとうございました!
すべてを失い、それでも「自分」として生きることを選んださくら。
ここから二人の本当の戦いが始まります。
研究所を逃げ出したさくらと一ノ瀬。
二人は一時の平穏を求め、夏祭りの喧騒へと紛れ込む。
慣れない浴衣姿に戸惑うさくらを待っていたのは……。
次回、第13話「夏祭りの浴衣」
甘い綿あめの味は、自由の味、それとも――。




