第11話:研究所からの招待状
――シーン1:白磁の目覚め――
「……ん、……ここは?」
あたし――白雪さくらが目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。
視界を埋め尽くすのは、目に痛いほどの白い光。消毒液の匂い。
かつて「俺」が事故のあとに担ぎ込まれた、如月研究所の深部にある特診室だ。
(あたし、一ノ瀬くんと階段にいて……それで……)
起き上がろうとすると、手首に冷たい感触があった。
磁力式の拘束具。あたしはベッドに固定されていた。
「メンテナンスだよ、さくら」
部屋の隅、影の中から如月博士が歩み寄ってきた。その手には、いつもより大きな、脈動するような液体が入った注射器が握られている。
「……何の真真よ……っ。あたし体調は悪くない……わ」
「いいや、悪いとも。一ノ瀬久遠という不純物に触れ、君の精神はひどく揺らいでいる。魂の定着率を戻さなくてはならない」
――シーン2:モニターの中の「真実」――
「やめて、来ないで……!」
博士はあたしの叫びを無視し、部屋の壁一面を覆うモニターを起動した。
そこに映し出されたのは、数日間のあたしの生活記録。
登校する姿。お弁当を渡す姿。そして……昨日の放課後、一ノ瀬の腕の中で顔を赤らめていたあたしの姿。
「……っ」
「これを見たまえ。この潤んだ瞳、激しい心拍。君の脳は完全に『女子』としての快楽を学習している。素晴らしい。……だが、君が惹かれているのは彼自身ではない」
「何、を言って……」
「その肉体……ドナーとなった彼女の細胞が、かつての恋人である一ノ瀬久遠を求めているだけだ。君の魂はただ、その波に呑まれているに過ぎない」
博士の言葉が、鋭いナイフのようにあたしの胸を抉る。
一ノ瀬くんに惹かれていたのは、あたし(俺)じゃない?
この体が彼を記憶していたからなの……?
――シーン3:侵入者と裏切り者――
その時、研究所の警報が鳴り響いた。
「侵入者か。……一ノ瀬君だね。本当に飼い犬の分際で」
博士が忌々しそうにモニターを切り替える。
そこには、警備員をなぎ倒し、驚異的な身のこなしで最深部へと突き進む一ノ瀬久遠の姿があった。
彼は単なる転校生ではなかった。如月研究所によって訓練された、あたしの「監視役」であり、かつての「実験体」でもあったのだ。
「……あたしを助けに来てくれたの?」
「期待しないことだ。……おい、ゆきな君。彼を止めなさい」
博士が通信機に命じると、モニターの隅に、銃を構えた佐倉ゆきなが映った。
彼女の表情にはあたしに見せていた優しさの欠片もなく、冷徹な兵士のそれだった。
「……ゆきな、嘘でしょ……」
「さくら。あんたが『俺』に戻りたいなんて言うから、こうなるんだよ。……おとなしく『人形』になってれば、幸せだったのに」
通信越しに聞こえたゆきなの声は、あたしの心を完全に叩き折るのに十分だった。
――シーン4:決別のサプリメント――
博士が注射器をあたしの腕に近づける。
「さう、さくら。これを打てば君はもう悩まなくて済む。一ノ瀬久遠を愛するだけの完璧な美少女になれるんだ」
(……嫌。そんなの、あたしじゃない)
たとえこの恋心が肉体の記憶だとしても。
たとえ今のあたしが「造られた偽物」だとしても。
この痛みだけは、あたしが今ここで感じている「魂」の叫びだ!
あたしは自由な方の足で、サイドテーブルにあったサプリメントの小瓶を蹴り飛ばした。
ピンク色の錠剤が床に散らばる。
「あたしは……あたしのまま、あいつと……一ノ瀬くんと話をするわ! 薬なんてもういらない!」
「……強情だね。だが定着率はもう限界だ」
博士が針を刺そうとしたその瞬間、特診室の重厚な扉が爆発と共に吹き飛んだ。
硝煙の中から現れたのは、ボロボロになりながらも拳を固く握りしめた一ノ瀬久遠だった。
「……さくら。迎えに来た」
あたしはその声を聞いた瞬間、初めて嘘偽りのない「あたし自身」の声で叫んだ。
「久遠くん!!」
(次回予告)
研究所を脱出したさくらと一ノ瀬。
しかし、彼らの前には親友だったはずのゆきなが立ちはだかる。
「さくら。あんたを連れ戻すのが私の『仕事』なの」
ついに明かされる事故の本当の加害者。
次回、第12話「失われた名前」
あたしたちの「魂」は、どこへ行くの?




