【2】俳優の彼が、私を覚えているなんて
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週末(土日)は朝夕二回更新予定です!
西原優哉。
今や知らない人はいない、大人気若手俳優だ。
印象的な瞳を持つ美しく甘い顔立ちに、長身。運動神経も抜群で、アクションも得意。明るく人懐こい人柄もあり、特に女性人気が高い。特に恋愛映画やドラマの主演を務めることが多い。
もともとモデルとして活躍していたが、数年前に俳優に転身した。
そう、モデル時代。
フォトセッションでまばゆいばかりのフラッシュを浴びる彼の姿を見ながら、花梨は思い出していた。
◇
もう5年以上前のことになる。
彼とはかつて、雑誌の企画記事で「カップル」を演じていた。
「年下の頼れる彼氏」と「年上のツンデレ彼女」を演じる着回し企画だ。
最初は単発企画だったのが、読者から想像以上の反響があり、急遽長期連載となった。
当時花梨はクール系のモデルとして人気だったのだが、この連載で見せるカップルとしての表情が「かわいい」「新しい一面が見れて嬉しい」と言われ、思いがけず新たなファンを獲得した。
また、当時まだ無名だった優哉は、「このイケメンは誰?」「理想の彼氏すぎる」と話題に。今のブレイクのきっかけとなった。
「りんゆうカップル」と呼ばれ、人気のあまりファンイベントなども行ったぐらいだ。
あの時間は、花梨にとって、モデル時代の最後を飾る特別な記憶だった。連載が終わったと同時に彼女は雑誌の専属モデルを卒業し――そして、引退した。
そう、仕事仲間だった。
彼とはそれっきり、連絡すらとってない――
…それだけ?
花梨は無意識にかぶりを振った。これ以上はあまり思い出さない方がいいような気がする。
◇
フォトセッションが終わり、彼が会場に入ってくる。
関わり合いになるつもりはない。
今の彼は住む世界が違う。
花梨は目をそらし、そっと壁際に身を寄せた。
通り過ぎるのを待つことにした。
彼が、目の前を通っていく…
と思いきや、彼は不意に足を止めた。
花梨の前で。
(え、嘘でしょ?!)
「……こんばんは」
さすがに無視できず、花梨は顔を上げた。
まっすぐに見据えられた視線とぶつかる。
彼が目を細めて笑顔を見せた。ああ、と一気に懐かしい気持ちが押し寄せる。
彼はこうやって笑顔を作るのだ。
「久しぶりです。花梨ちゃん」
「……お久しぶりです、西原さん」
答えると、彼は苦いものを食べたような感じで顔をややしかめた。
「いやいや……『西原』なんて、やめてよ」
「でも…」
「そんなふうに呼んだことなかったじゃん。前と同じように呼んでよ」
「…優くん」
「そうそれ。ほんと久しぶりだよね、花梨ちゃん」
名前を呼ばれるたびに、いちいち心臓が跳ねる。
――
5年前、最後に会った夜。
20歳になったばかりだった彼。
[もう俺も大人ですよ]
そう言って酒を飲んで…
――
「まさか覚えてくれてると思わなったから」
思い出しそうになったことをまた必死に振り払い、花梨は言った。
「覚えてるに決まってるよ」
彼は笑って、ドレスを指す。
「そのドレスで、すぐにわかった」
「え?」
「昔イベントのとき、着てたでしょう?いや、着てたというか、衣装候補に入ってた」
「あ」
そういえば、ファンイベントのときに自分で衣装を用意しなければならず、ドレスをいくつか持参したことがあった。
「よく覚えているね」
「俺、記憶力いいから」
花梨も思わず笑った。話し方、そのテンポ、あのときと変わらない。
あの時の二人の雰囲気を、思い出し始めていた。
「花梨ちゃん、髪伸びたね」
「もうずっと伸ばしてる。現役のときはずっとボブから切れなかったから」
「いいと思う。あのときもよかったけど、でも今は、なんていうか、もっとおんなっぽ――」
「ワー西原くんじゃん!」
突然の甲高い声が二人を遮った。
声の方を見る。背の低い、砂糖菓子みたいな雰囲気の若い女の子が立っていた。
名前は思い出せないが、最近よく見る顔だ。確か…アイドルグループの子だったか。
「西原くんも来てたんだ、うれしい~」
「さっき来たばっかりだよ。でもこのあともあるから、長くはいられないかな」
二人は知り合いのようだった。
「え~残念。あ、でもあっちに飲み物あったよ、一緒に取りに行こう~」
媚びた話し方をしながらも、その女の子はちらっと花梨のほうを見た。
ほんの数秒だったが、花梨にはその視線の意味をよく知っている。値踏みする視線。この手の子にライバル認定されるとやっかいだった。
花梨はすました表情でオーラを消す。ただの一般人ですよ、あなたの敵にもなりえませんよ、というメッセージを込める。
女の子は結局、花梨が存在しないかのように無視したまま、彼の腕を強引に引いて人波の中へと消えていった。
――やっぱり、もう住む世界が違うんだな。
「いいの?久しぶりの再会だったんじゃない?」
おそらくは空気を読んで距離を取ってくれていた五月が隣に戻ってきて、花梨に言う。
「大丈夫です。あいさつはしましたし」
「そう?わたしも大体、あいさつしたほうがいい人にはできたと思う。もうおいとましてもいいかもね」
「よかったです。じゃあ…帰りましょうか」
久しぶりのパーティーは刺激的だが、さすがに疲労を覚え始めていた。五月が帰るタイミングならラッキーだ。一緒に帰ろう。
会場の出口を目指し、人込みを縫って二人で歩いていく。
そして出口の扉を出ようとした瞬間、鋭い声が呼びかけた。
「……花梨ちゃん!」
驚いて振り向くと、そこにはちょっと息を切らした彼が立っていた。
「え、優くん?」
わざわざ追いかけてきたことに驚く。
「花梨ちゃん、もう帰るの?」
「…うん」
一瞬の間があった。
「連絡先、変わってない?」
真っ直ぐな瞳に見つめられる。
花梨は言葉を失いながらも、ただ小さく頷いた。
すると、彼は安堵したように口角を上げる。
「連絡してもいい?」
その問いに、戸惑いがなかったわけではないない。
今の彼から連絡が来ることの重さを、十分に理解していた。
でも、花梨はなぜか反射的に、もう一度頷いていた。
「…わかった。連絡する。待ってて」
「…にしはらくーん?」
また誰かが彼を呼んでいる。さっきの女の子だろうか。彼は会場を振り返ったが、もう一度まっすぐこちらを見て笑顔になった。
整った顔立ち、少し首をかしげて個人的な感情を見せる。余裕のある立ち姿。スターのオーラ。
彼以外何も見えなかったし、聞こえなかった。世界中に二人きりになったような感覚だった。
「じゃあ、またね」
今度こそ彼は人混みの向こうへと去っていった。
――本当に連絡なんて来るのだろうか。
ただの気まぐれかもしれない。社交辞令かもしれない。
それなのに、胸の鼓動はいつまでも静まらない。
「…すみません、行きましょう」
なんとか立て直し、待たせた五月に詫びを言いながら歩きだす。
五月は、美しい微笑みを浮かべる。
「いい再会になりそうね」
その言葉は、胸の高鳴りを抑えるのに必死な花梨の耳には届かなかったようだった。
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