【13】甘い毒は飲まない
すみません、今日短めです。
「ちゅーして。いつもみたいに」
絵恋の甘い声が響く。
腕を首にからめて見つめてくる瞳に一瞬混乱しながらも、優哉はすぐに理解した。
舌打ちしそうになるのを何とかこらえ、言った。
「…何の話?」
できるだけ冷静に、と思ったが、声は優哉自身が思った以上に低く、冷たかった。
「そっかあ。今は、してくれないの?」
彼女の声は甘く、よく響く。楽屋の外にまで聞こえそうなぐらい。
「太田、いいかげんに…」
優哉はなんとか彼女の腕を引き剥がし、ふりほどこうとしたときだった。
「失礼します」
楽屋のドアの外から声と同時にドアをノックする音がした。
「はあい、どうぞ」
優哉が言う前に、絵恋が返事をする。
まずい、と思い、絵恋と距離を取ろうとするが、今度は絵恋が優哉の両腕を強く握って動かない。
ドアが開き、少し気まずそうな顔でスタッフが顔をのぞかせる。
「…ご一緒だったんですね。あの、準備が終わりますので、収録に入らせていただきます。10分後にスタンバイお願いできますか」
「わかりましたあ。ありがとうございます」
絵恋が腕を握り、寄り添ったままにこりとスタッフに微笑みかける。
「えれんー?」
外で誰かが呼びかける声がする。スタッフがその声の方を向く。
「あ、太田さん、こちらにいらっしゃいますよ」
「え?」
姿を見せたのは、絵恋のマネージャーだった。
「こんなところにいたの?もう収録始まるんだから準備して。メイクさんずっと待ってるのよ」
「ごめんなさーい。じゃあ、またねゆーやくん」
ようやく腕を離し、絵恋は得意げに楽屋を出ていく。
バタン。
ドアが閉まり、急にどっと疲れを覚えて、優哉はため息をついて椅子に座った。
(やられた…)
絵恋は分かっていたのだ。そろそろスタッフが呼びに来ることも、マネージャーが自分を探しに来ることも。
それを狙って、思わせぶりなことをわざと聞かせ、一緒にいるところを見せつけた。
(わかってたのに…)
今までもさんざん似たようなことはやられていたから、優哉もさすがに最近は警戒していた。なるべく一人にならないようにするとか、二人きりにならないとか。
でも、今日は忙しなさもあったし、…他のことで気も取られていた。まんまと絵恋のやりたいようにされてしまったのだ。
さすがにこたえた。
鏡の前で頭を抱え、目を閉じる。収録まであと10分。何とか気持ちを立て直さないといけなかった。このままでは、絵恋に対してひどい態度を取っているところを、視聴者に見せてしまうことになる。
深呼吸する。
少し落ち着いてきたとき、優哉の頭をよぎるのはもはや絵恋のことではなかった。
(…花梨ちゃん)
そう、本当にこたえているのは、絵恋の攻撃じゃない。
花梨に会うのを断られてしまったことだ。
たかが1回断られたぐらいで、と思う。でも、花梨の「会えない」という言葉には、どこか切実なものがあった。そこに深い決意があるような。何かを断ち切ろうとするような。
それがショックだった。
(何か、やらかしたかなあ)
もうすでに何回も辿っている思考に戻る。2人で食事をした数回。話しすぎただろうか。何か、彼女によくないことをしてしまっただろうか。
…わからない。
「西原!」
声とノックが同時に響き、優哉ははっと顔を上げた。
返事を待たずドアが開く。マネージャーの斎藤だった。事務所に長く勤めるベテラン。俳優になってから、ずっと自分を担当してくれている。
「時間だよ」
「…行きます」
優哉は立ち上がり、斎藤とともに楽屋を出る。
「どうした?」
「…いや」
「また、太田さんにやられた?」
「…気を付けてたんだけど」
斎藤は苦笑いを浮かべた。事務所としても、大型の仕事を控えている優哉のスキャンダルは避けたい。さりげなく絵恋の攻勢から守ってはいたが、やはり限界はある。
「やっぱりね。あの子、スタジオで上機嫌だったよ」
「マジか」
「今日は覚悟したほうがいい」
「助けてよ」
「できるだけのことはするけどさ」
憂鬱だった。しかし、やるしかない。
光溢れ、人の活気に満ちるスタジオに入る瞬間、優哉は俳優としての輝きと笑顔にスイッチした。
<つづく>
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