【14】画面の向こう、距離が遠のく
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優哉と絵恋がスタジオ入りすると、さっそく番宣用の映像インタビュー撮影がはじまった。
太田絵恋が、申し分ない「清純派」の笑顔で寄り添ってくる。
質問を投げかけられると、必ず絵恋は優哉の方を見て、確認するような仕草をしてから答える。
「本当にお二人の空気感、ドラマそのままですよね! 撮影現場でもやっぱりこんなに仲が良いんですか?」
インタビュアーの弾んだ声に、絵恋は「えへへ」と可愛らしく笑い、優哉の二の腕にそっと手を添えた。
「そうなんです、西原さん、本当に優しくて。私がNG出しても、いつも笑顔でフォローしてくれるんです」
密着してくる彼女の体温と、甘ったるい香水の匂いに、優哉は内心で冷ややかな溜息をついた。
「西原さんはどうですか? 太田さんのような可愛らしい女性がオフィスにいたら、やっぱりドキドキしちゃいますか?」
「……そうですね。現場が明るくなるので、助かっています」
優哉はそつなく答える。ささやかな仕返しとして、絵恋のほうは一瞥だにしなかった。それぐらいは許されるだろう。
◇
インタビュー撮影が終わると、息つく間もなく移動し、ドラマの残りのシーンを撮影することになった。
「優哉くん、ここのシーンさ、もっとギュッとしていい? 」
待ち時間の隙を見つけては、絵恋が当然のように距離を詰めてくる。
スタッフも慣れているので、何も言ってこない。みんなが距離を取ってこちらを見ている。
なんとなく、全員がこの2人は何かある、と考えているのが分かって、優哉の気持ちは一段暗く沈んだ。誤解を解きたいが、暗黙の了解のようになっている以上、わざわざこの話題を持ち出してもやぶへびになるだけだろう。
「…なんで」
「二人の気持ちを考えたら、そうなるかなって。こんな感じで」
優哉は、台本を確認するふりをして、近づいてくる彼女の手を巧みにかわした。
「自然な距離感を保つほうがいい気がする」
「えー。でも普段の優哉くんだったらもっとギュッとするでしょ」
絵恋はわざとらしく唇を尖らせ、周囲のスタッフに聞こえるような声で言う。
「普段の俺のことなんて知らないでしょう」
「…ふーん」
絵恋は意味ありげな表情で、にっこりと答えた。わかった、秘密にしておいてあげるね、というような様子で。
「どうしても演出変えたいなら、監督に相談して」
いらだちを抑え、優哉は冷静に言った。
「じゃあ一緒に相談しよ?…かんとくーいいですかあ?」
絵恋は優哉の手を引き、座って台本を読み込んでいる監督のほうに歩み寄る。
「…何?」
スケジュールの目まぐるしさでかなり疲れているのか、やや不機嫌気味に監督が答える。こんなふうに、絵恋が自分の都合で周囲を振り回すことはしょっちゅうだった。うんざりしているのだろう。
「次のシーン、『あいさつのように一瞬抱き合い、離れる』ってあるじゃないですか。ここ、長くぎゅっとしてもいいですか?2人は両想いで気持ちが高まってるんだから、一瞬じゃないと思うんですよ」
「あー…うん、そうだね…」
監督は明らかに気が乗らなさそうに答える。全然納得していないが、今から説得するのもだるい、という様子がありありと見える。
「そうですよね?じゃあ長くぎゅっとしちゃいますね!2人の気持ちが盛り上がったら、そのままキスとかも…」
「…西原くんは、それでいいの?」
めずらしく監督がさえぎって、じっと優哉を見た。
優哉はちょっと驚いた。もちろん、優哉はどこかで声を上げて、絵恋のわがままを通さないよう話し合うつもりではあった。まさか、監督側から絵恋の話を止めるとは。
優哉は監督と向き合った。
監督は疲れた顔をしていた。でも、目の奥がどこかしっかりしたものがあった。きちんと優哉の答えを、考えを見極める気なのだ、とわかった。
「もう、『オフィス・ラブ』組も、このスペシャルで終わりだよ。西原くんはどう思う?どうしたい?」
「監督、これは絵恋と優哉くんで話し合ったんですけど、」
「僕は」
優哉ははっきりとした声を出した。「太田さんの考えとはちょっと違いますね」
絵恋が驚き、そして怒りを含んだ顔で優哉を見つめていることが分かった。でも無視する。
「ここは、台本通り、一瞬でいいと思ってます。2人が両想いになって、信頼関係があるからこそ、一瞬のふれあいで、お互いのことがわかって、安心できるんじゃないかなって。長く抱きあってお互いを探る必要がないし、確認しなくてもいいんだと思います」
「…西原くん」監督は深くうなずき、微笑んだ。「私もそう思う。台本通りでいこう」
何か反論しようとする絵恋を、優哉が制する。「太田さん、いいよね?繊細な表現だから、もしかしてできなかったりする?」
「なっ…できないわけない!できます」
「じゃあそれでお願いします」監督が言った。「そろそろ撮影かな?」
監督が周囲のスタッフに声をかける。優哉がはっと周りを見渡すと、多くのスタッフが、固唾をのんで今のやりとりを見ていたことがわかった。
「はい、お願いします」スタッフの一人が答える。
「じゃあいきましょう」監督は立ち上がる。「二人の演技、信頼してますよ」
優哉は、自分の中の陰りが少し晴れたような気分になった。絵恋のわがまま、それに対する監督の反応、自分が伝えた本当の気持ちと意見。それを、みんながきちんと見てくれたのが分かったから。
◇
しかしその数時間後、ドラマの公式SNSで行われた配信ライブは、地獄のような時間だった。
まず、配信ライブが始まった瞬間、ソファに座っていた絵恋は優哉とほとんど肩がつくぐらいまで距離を縮めた。あっという間に増えていく視聴者が見る前では邪険にできず、その距離感のままライブを進めることになる。
次々につくコメントも、絵恋は『お似合い』『キスシーン最高でした』『手をつなぐシーン、胸キュンでした』というようなものを率先して拾う。
「お似合いですか?うれしい!」
「キスシーン良かったですか?2人でじっくり話し合ったんですよ。でも緊張してNG出しちゃって、何回かしたんです~」
「手をつなぐシーン、いいですよね。こんな感じだったよね?」
そういって、優哉の手をつなぐ。
当然のようにコメント欄が盛り上がる。
『もはやリアルカップルじゃん』
『え、カップルチャンネル?これ』
『今来たんだけど、なんで手つないでるの??!!』
優哉も「スペシャル回の見どころ」や、主演以外の役者についての質問などを拾ってまじめに答えていくが、絵恋がすぐにかっさらっていってしまう。
数万人の視聴者がリアルタイムで見守る中、絵恋の「匂わせ」は加速していった。
きわめつけはこれだった。
「あ、このブレスレット? 気づいてくれました? これ、ゆうや…西原さんが選んでくれたものなんです」
彼女が画面に向けて振ってみせたのは、以前優哉が雑談の中で「シンプルでいいんじゃない」と肯定しただけのブランドのものだった。優哉が贈ったわけではない。
しかし、彼女の視線がチラリと優哉に向き、微笑みを見せた瞬間、コメント欄は狂乱に近い盛り上がりを見せた。
『待って、優哉くんが贈ったの!?』
『やば!!!!いまゆうやって呼んだよね」
『美男美女すぎて尊い』
『頼むから付き合っててほしい』
流れるコメントを横目で見ながら、優哉はただ内心を悟られないよう、優しく微笑んでいるしかなかった。完全否定すれば作品の夢を壊すことになるし、事務所にも迷惑がかかる。最悪だ、と思った。今はただ、この時間が過ぎ去るのを待つしかない。
◇
同じ時刻、南青山の静かなマンション。
花梨は、部屋で一人、スマホの画面に映し出される二人を見つめていた。
画面の中の優哉は、絵恋の甘い言葉に優しく微笑み、彼女の奔放な振る舞いを包み込むように見守っている。
手をつないだり、選んでもらったというブレスレットを見せたり、キスシーンについて楽しそうに話したりする絵恋。それらすべてを優哉は受け入れているように見えた。本当のカップルみたいに。
(……やっぱり、そうなんだよね)
自分に向けられたあの熱い視線も、バーでの震えるようなキスの感触も、すべては彼が何十回と繰り返してきた「完璧な演技」のコピーに過ぎなかったのではないか。画面の彼を見ていると、ますますそう思えてきてしまう。
会わない、と宣言したのは自分だ。そこから毎日のように来ていた連絡も来なくなった。
自分が望んだことのはずなのに、彼の存在が入り込まなくなってきたことが、寂しいと思ってしまう。
どうしても気持ちが落ち着かなくて、普段まったくさわらないSNSを眺めてしまって、ドラマの公式SNSを見つけてしまって、生配信をこうして追っている。自分が求めていることはそこにない、とわかっているのに。
(……やっぱり、遠い存在の人、だな)
インターフォンが鳴る。今日はリアが予約していた日だった。
楽し気に話し続ける配信を閉じ、花梨は立ち上がった。
いまだかつてないぐらい、彼との距離を感じている。
<つづく>
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