【12】虚構の美少女 side:優哉
少し更新遅くなりました。
都内某スタジオ。
白シャツにデニムというラフな格好でスタジオのソファに座り、西原優哉はドラマ『オフィス・ラブ』の番宣用インタビューを受けていた。
ドラマ自体はもう最終回を迎えたのだが、好評につきスペシャル番外編公開ということになった。そのために追加の仕事が増えている。
「好きになったら、自分からアプローチするタイプですか?」
「そうですね。自分から動かないと始まらないと思うので」
「どうやってアプローチしますか?」
「…何だろうな。食事に誘ったりとか。連絡をひんぱんにするとか、かな。すみません、なんか、普通だな」
笑った顔を逃さず、カメラマンがシャッターを切る。
「積極的なタイプなんですね」
「そうかも」
「今回『オフィス・ラブ』は、婚約破棄されて傷心のヒロインにアプローチする同僚、という設定でしたよね。職場恋愛はありだと思いますか?」
「ありだと思いますね。僕自身、仕事に真摯な人に惹かれるところがあって。だからそういう姿を見ちゃったら、好きになるんじゃないかなと思います」
「ヒロインが、次の恋愛をためらって、最初は西原さん演じるキャラクターのアプローチを拒否するシーンもありましたよね。もし西原さんだったら、どうします?」
「そうですね…」
数日前の出来事が脳裏によみがえる。
―――ごめん、ちょっと忙しくなりそうで。だから、会えないかな。
「どうしたらいいのかな…」
少し考えこむその整った横顔に、またシャッターが切られる。
「けっこう迷われるんですね」
インタビュアーが意外そうな声をあげ、優哉はいまの状況を思い返した。これは番宣なのだ。
「いや、ちょっと考えちゃったけど、でも、僕だったらあきらめないですね。ドラマの中の彼と同じように、心を開いてもらうまで頑張ると思います」
「素晴らしいですね。西原さんみたいな人が積極的にアプローチすれば、世の中の女子みんなすぐに夢中になると思いますよ」
「ありがとうございます。そうだといいですけどね」
「今回のドラマで、日本中の女子の心をわしづかみにしましたもんね。では、スペシャル回の見どころを少し教えていただきたいのですが…」
インタビューが続く。優哉は質問にまじめに向き合い、しっかりと答えていく。
しかし頭のどこかで、数日前に起こったことを考え続けずにはいられなかった。
――花梨ちゃん。
――次、どうしたらいいんだろう。
――あきらめなくても、いいのかな。
◇
インタビューを終え、次の準備に入る。このあとは映像での番組宣伝収録、そのあとはスペシャル番外編の撮影。撮影の合間に、ドラマのSNS公式アカウントから配信ライブをすることにもなっていた。
まだ午前中だが、予定は深夜まで詰まっている。せわしない一日になりそうだった。
楽屋の扉を開けると、優哉の座っていたところに先客がいた。
「おつかれさま、ゆーやくん」
ぴょこっと立ち上がり、駆け寄ってくる華奢な姿。
「…太田」
「ねえそれやだ。えれんって呼んで」
太田絵恋。『オフィス・ラブ』のヒロインを演じた人気若手女優だ。
「なんでここにいるの」
絵恋の横をうまくすり抜けて座り、ついでに言葉も無視して、そっけなく尋ねる。
「このあとの収録の打ち合わせできたらなあって」
絵恋は優哉の態度にまったくひるむことなく、また近づいてきて隣の椅子に座る。さりげなく椅子を優哉のほうに寄せ、距離を縮めることも忘れない。
「もう話すことは決まってるし、打ち合わせすることなんてなくない?」
「確認しときたいこととかあるでしょう」
「マネージャーかスタッフに確認したほうが早いんじゃないかな」
優哉は鏡で髪型を整える仕草をしたまま言った。絵恋のほうを見たくない。「もうすぐ呼ばれるんじゃない?自分の楽屋戻って準備したほうがいいと思うよ」
「ねえゆーくん」
「優哉」
さすがに看過できず、優哉は絵恋のほうを見た。「その呼び方やめて」
「なんでダメなの?本名だから?」
絵恋は頬杖をつき、こちらを上目遣いで見つめてくる。
真珠のように白く輝く肌。こぼれおちそうな大きな黒い瞳、さらさらとなびくつやのある黒いロングヘア、つんとした小さい鼻、少し厚めのさくらんぼ色の唇。シンプルな黒のノースリーブのワンピースが、すらりと華奢な身体のラインを強調していた。
今の若い女の子の理想を詰め込んだような美少女だ、と思う。客観的に。
優哉の個人的な心をかきたてるものは、そこにはない。
「とにかくやめて」
顔を背けて鏡に向き直る。説明もしたくなかった。
確かに、優哉の本名は「優」だ。モデルから俳優に転身するとき、自分なりのけじめとして名前を変えた。そこから知り合った人には、必ず優哉と呼んでもらうようにしていた。俳優としての名前を覚えてもらうために。そして…自分のプライベートを守るために。優と呼んでいいのは…
――優くん。
声をまた思い出す。ここ最近、よく聞くようになった声。
絵恋のように媚びているのでもない、甘えているのでもない、まっすぐに、本当の自分と向き合うように呼ぶ、凛とした声。
「…怒んないで?」
絵恋は優哉のシャツを指でちょこんと引っ張り、囁いてくる。普通なら一発でやられそうな、甘やかな仕草。共演者キラーとして有名な彼女らしいコミュニケーションだった。
優哉はさりげなく、でもきっぱりと指を振りはらい、立ち上がって背を向ける。
「怒ってない。でも、準備しないと」
「ゆーやくん、」
「打ち合わせとかよりもさ」優哉はいよいよ我慢できなくなり、振り返って厳しい顔で彼女を見た。「今日の撮影のセリフ大丈夫?けっこうな量あったよ」
一瞬、絵恋は目つきが険しくなったが、すぐにそれを引っ込めてにこりと笑った。
「わかんなーい」
「じゃあ、今からちゃんと覚えてほしいんだけど」
「細かい言葉とか覚えなくてもいいでしょう?ちゃんと気持ちや雰囲気ができてればいいんだから」
「それで、結局何回も撮影押して、大変だったと思うんだけど?」
「えれん忙しいの」
「夜遊びで?」
絵恋の顔色がさっと変わる。吐き捨てるように言った。「ゆーやくんだって一緒でしょ」
優哉は黙った。確かに、その通りだった。ついこの間までは。
でも優哉には俳優としてのプライドがあった。夜遊びはさんざんしていたが、現場が一番大事、という考えがあった。夜遊びのせいで遅刻したり、セリフを覚えてこなかったり、二日酔いでスタッフに世話をさせたり、周囲に不機嫌な態度を取って気を遣わせたり…そんな、絵恋が今までやってきたようなことは一度もない。
私生活がどうであれ、人に迷惑をかけるな、と言いたかった。でも絵恋がそれを聞き入れるとも思えない。
今ここで延々と説教しても時間の無駄だろう、という気持ちになる。
この仕事が終わったら、絵恋と関わることはおそらくもうない。
ドラマが好評だったから、続編や映画化の話もあったが、それらは優哉サイドが全部断った。大型の仕事が決まってスケジュールの確保が難しいのもあったが、何より、優哉は絵恋ともう一緒に仕事をしたくなかった。どうしても、ということで、スペシャル番外編の制作だけは了承せざるを得なかっただけだ。
優哉の沈黙を、自分が言い負かせた、と解釈したらしい絵恋は立ち上がり、優哉に一歩近づいてくる。
「大丈夫。えれんとゆーやくんならうまくできるよ。『理想のカップル』だもんね?」
苦々しい気持ちが優哉の中に広がる。世間からそのように言われていることは知っている。でも、それはあくまでドラマの中、演技によるものだ。
実際は、違う。今の優哉の心を占めているのは――
「ゆーやくん」
不意に絵恋は背伸びして、優哉の首に腕を回して抱きついてきた。
「太田」
「ゆーやくん、ちゅーしよ」
優哉は一瞬振りほどくのも忘れる。「は?」
絵恋は優哉の目をのぞきこむように見つめる。蠱惑的な表情。甘い香水の香り。首に感じる、腕の体温。
瞳はきらきらと輝いている。でも、どこか最奥が暗い。
「撮影のためには、気持ちや雰囲気が大事でしょう?『カップル』がすることしようよ。ちゅーして。いつもみたいに」
<つづく>
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