得体の知れない秘密(8)
「…………出自もわからない人間が幸せになれますか?」
「出自なんて関係ない。鼈宮谷さんは鼈宮谷さんだ。そこは切り分けて考えないといけない」
「…………意外ですね。こんなボクなのに幸せになれるなんて」
鼈宮谷さんには伝えていなかったが、ミトちゃんさんが言っていた内容と彼女の言っていた内容が合致している。本当に今ここにいる鼈宮谷さんではないのだろうか。
《…………そうですね。もしもボクの願いが叶うのならば、普通という生活を経験してみたいですね》
《普通って?》
《…………普通の健康な人間で育って、学校で学んで、社会に出て、幸せいっぱいの恋愛をして、結婚して、家庭を持つ…………そんなわずかなことでも、幸せのように思います》
《そっか。わたしと同じような病気なら、外の世界を知らないままここまで生きてきてしまったんだよね》
《…………高望みはしません。お金をもてあますような贅沢な願いもありません。ただ、普通…………がどんなものかを知りたいだけです》
今までの鼈宮谷さんのやり方は、なにかあるときや、ウソをついているとき。そのようなときはハッキリと明言しないことが多かった。
だが、彼女はミトちゃんさんが入院していた病院にいたことはないという。この矛盾はなんなのか、どうして矛盾が発生しているのか。
そして…………なにかを断言することが少ない鼈宮谷さんが断言したということ。これは、本当に違うのかもしれない。
「鼈宮谷さんがどこから来たとしても、どういう人間であったとしても、この日本で生きていくことのできる権利が得られたということに変わりはないんだから、
もっと胸を張って生きてもいいんだぞ。これから先に問題が発生するかもしれないけれども、ここは日本だ。鼈宮谷さんを守ってくれる人はたくさんいる」
「……………………」
その言葉に対して鼈宮谷さんは憂いを帯びた表情を浮かべた。悲しんでいるような、喜んでいるような、よくわからない表情。
「…………ボクは、弱い人間です」
「鼈宮谷さんが弱い? またまた冗談を」
「…………優しさが、とても怖いです。人々の笑顔が、本当に怖いです。善意という敵が、ボクに迫ってきているような気がします」
「敵…………」
「…………これまでのやりとりで、稜希さんや結月さんが敵ではないことは十二分にわかりました。そこについては安心しています」
「善意という敵というのは、善意を装ってやってくる悪意を持った人間ということか?」




