■第40話 「堂々とした買い物と“夫婦の秘密”」
――誰にも隠さない日常ほど、なぜか少しだけ特別に見える。
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「これ、いる?」
白瀬舞衣がカゴを持ちながら言う。
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「それは昨日も買っただろ」
神谷伊織は即答する。
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「えー、でも美味しいし」
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「食べすぎ」
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そんなやり取りをしながら、二人は普通にレジへ向かう。
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周囲の視線。
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「……やば、あれ白瀬舞衣じゃね?」
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「本物だよな?」
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少し離れた場所では。
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男子高校生二人組が小声で言う。
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「彼氏羨ましすぎだろ」
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「普通に隣歩いてるの反則だろあれ」
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その視線の先。
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伊織と舞衣は気にしていない。
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いや、正確には――
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もう“気にする必要がない”。
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別の通路。
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カップルの男性が立ち止まる。
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「……あの人、めっちゃ綺麗じゃない?」
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白瀬舞衣を見ている。
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その瞬間。
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「ちょっと」
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彼女が彼の腕を強く引っ張る。
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「見すぎ」
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「あ、いや違うって!」
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小さな嫉妬と現実。
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それもまた日常。
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さらに。
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ベビーカーを押す母親。
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ふと二人を見る。
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「……いいわね」
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小さく呟く。
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隣の子供が聞く。
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「ママ、あの人たちだれ?」
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「仲良しの人たちよ」
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優しい声だった。
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――誰も“敵意”を向けない空間。
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それが今の彼らの現実だった。
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「そろそろ行くぞ」
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伊織が言う。
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「うん」
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舞衣は自然に頷く。
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そして二人は、少し人通りの少ない通路へ移動する。
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「やっぱり」
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舞衣が言う。
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「見られるの慣れないね」
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「もう慣れてるだろ」
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「でもさ」
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少し笑う。
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「前より楽だよね」
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伊織は頷く。
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「隠さないのは楽だな」
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静かな時間。
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買い物袋の音だけが響く。
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そして――
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店を出たあと。
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人気の少ない通路。
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「なあ」
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伊織が言う。
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「今日さ」
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「うん?」
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「夕飯食べ終わったら」
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少しだけ間。
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「キスしよっか」
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舞衣が一瞬だけ目を丸くする。
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「……普通に言う?」
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「もう普通だろ」
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少し沈黙。
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そして舞衣は小さく笑う。
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「じゃあ」
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「いいよ」
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――それは誰にも見られない“夫婦の時間”。
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外ではただの買い物帰り。
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でも本当は、
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誰にも触れられない関係がそこにあった。
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その夜。
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白瀬家。
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食卓のあと。
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「じゃあ約束通りだな」
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伊織が言う。
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「うん」
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舞衣は小さく頷く。
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誰も知らない。
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この二人がすでに“夫婦”であることを。
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そしてその関係が、
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静かに、確かに続いていることを。
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