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■第36話 「静かな日常――取り戻した時間」


 ――世界が静かになると、日常はこんなにも重みを持つ。



「……なんか変な感じだな」


 神谷伊織かみや いおりが呟いた。



 白瀬舞衣しらせ まいは隣で小さく笑う。



「何が?」



「普通に学校行ってるのにさ」



「みんな見てくる」




 教室。



 ドアを開けた瞬間、空気が少し変わる。



「……おはよ」



 神保亘しんぼ わたるが、少しだけぎこちなく手を上げる。



「おう」



 相葉正佳あいば まさよしが笑う。



「いや、普通に話していいんだよなこれ」



 二宮真匡にのみや ただしが腕を組む。



「家族なんだしな」




 少し離れた席から。



 百瀬晴海ももせ はるみ



「ほんとだったんだね」



 三森祥子みもり しょうこ



「でもちょっと安心した」



 遠藤千夏えんどう ちなつ



「変な噂じゃなくて」




 西宮七瀬にしのみや ななせ



「……お疲れさま」



 それだけ言って、微笑む。




 水瀬蒼葵みなせ あおいは少しだけ視線を外す。



「まあ」



「これで一応“区切り”だね」




 でも。



 それは終わりではなく、“形が変わっただけ”だった。




 昼休み。



「伊織」



 和真かずまが肩を叩く。



「これからどうするんだ?」



「どうするって?」



「いや」



 少し笑う。



「家族バレてる状態で普通に生きるってさ」



「逆にしんどくね?」




 伊織は少し考えてから答える。



「もう慣れるしかないだろ」




 その頃。



 白瀬舞衣しらせ まい



 廊下で立ち止まる。



「……こんにちは」



 後輩たちが一斉に頭を下げる。



「舞衣さん……!」



「本物だ……」




 でも以前のような“遠さ”はない。



 今は“興味”と“尊敬”が混ざっている。




「大変でしたね」



「でも応援してます」




 舞衣は少し驚いて、それから小さく笑う。



「ありがとう」




 一方。



 帰り道。



「なんかさ」



 伊織が言う。



「全部変わったのに、変わってない感じする」




「うん」



 舞衣が頷く。



「見られてるけど」



「普通に歩ける」




 少し沈黙。




「ねえ」



 舞衣が言う。



「“結婚してること”はまだ秘密のままって」



「変な感じだね」




 伊織は少し笑う。



「まあ」



「それバレたらまた騒ぎになるしな」




 舞衣は少しだけ視線を落とす。



「でも」



「隠すの、ちょっと寂しいね」




 伊織は一瞬だけ黙ってから言う。



「じゃあさ」



「バレる前提で生きるか」




 舞衣が目を見開く。



「それ危なくない?」




「もう十分危ないだろ」




 少しだけ笑い合う。




 その夜。



 白瀬家。



 リビング。



「……落ち着いたわね」



 神谷紫苑かみや しおんが言う。



「ええ」



 白瀬文隆しらせ ふみたかが頷く。




「でも」



 紫苑が続ける。



「これからが本当の意味での“生活”よ」




 舞衣と伊織は顔を見合わせる。



「生活?」




「そう」




「守られた日常じゃなくて」



「続いていく日常」




 静かな空気。




 伊織は小さく言う。



「やっとスタートか」




 舞衣も頷く。



「うん」




 ――第3章。



 それは戦いではなく、



 “日常を生きる物語”の始まりだった。





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