■第25話 「買い物――日常という名の危険」
――それでも、普通に過ごしたかった。
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休日。
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「……ほんとに行くのか」
玄関で、神谷伊織が言う。
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「行く」
即答。
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白瀬舞衣。
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マスク。
眼鏡。
帽子。
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完全変装。
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「……バレたら終わりだぞ」
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「分かってる」
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「じゃあなんで」
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一瞬だけ、舞衣が目を細める。
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「普通のこと、したいから」
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「……」
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それを言われると、何も言えない。
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「……行くぞ」
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「うん」
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ドアが閉まる。
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その瞬間。
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“夫婦”から、“他人”になる。
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――外では。
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ショッピングモール。
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人混み。
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「……意外と平気だな」
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「でしょ?」
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舞衣が小さく笑う。
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「こういうとこ、久しぶり」
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「……そっか」
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「ねえ」
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「なんだ」
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「どっちがいいと思う?」
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手に持っているのは、エプロン。
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「……料理する気か」
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「するよ?」
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「……マジで?」
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「失礼」
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少し膨れる。
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「ちゃんとできるもん」
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「……じゃあこっち」
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「センスいいね」
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自然に笑う。
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自然に話す。
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それが――
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一番、危ない。
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その時。
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「……」
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少し離れた場所。
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帽子を深くかぶった女。
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東繭子。
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「……見つけた」
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カメラを構える。
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「変装しても分かるのよ」
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レンズ越し。
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二人の距離。
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視線。
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「……これは」
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「完全に“それ”ね」
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シャッターを切る。
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カシャ。
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小さな音。
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気づかない。
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――まだ。
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一方。
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「……これも買う?」
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「多すぎだろ」
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「いいじゃん」
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笑いながらカゴに入れる。
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「……なんか」
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「ん?」
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「ほんとに普通だな」
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「でしょ?」
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舞衣が少しだけ近づく。
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「……こういうの」
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「……」
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「ずっとしたかった」
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小さく言う。
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「……」
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「仕事じゃなくて」
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「誰かと」
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「普通に」
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その言葉が、胸に刺さる。
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「……これからもできる」
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「……うん」
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でも。
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それは保証されていない。
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その帰り道。
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「……ねえ」
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「なんだ」
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「さっき」
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「……?」
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「見られてた気がする」
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「……」
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一瞬で空気が変わる。
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「……誰に」
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「分かんない」
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「でも」
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「なんか嫌な感じ」
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「……」
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当たっている。
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その頃。
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「……いい画だ」
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東繭子が写真を確認する。
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「距離が完全に恋人」
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「……いや」
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「それ以上か」
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口角が上がる。
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「これで終わり」
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「記事、完成する」
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――決定打。
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そして。
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その夜。
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「……ただいま」
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「おかえり」
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いつもの家。
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でも。
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「……楽しかったな」
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「うん」
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その“楽しい”が、
一番危険だった。
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「……料理、やるか」
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「やる」
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キッチンへ向かう二人。
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まだ知らない。
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今日のこの時間が――
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“最後の穏やかな日常”になるかもしれないことを。
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そして。
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その裏で。
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記事は、もうすぐ完成する。
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――逃げ場は、ない。
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