穿孔虫
◼️ 戦闘準備
ホストラーダは快調に進み、かなり沖合まで出ている。
その時、再度右舷からホストルが顔を出す。
葉山がホストルに触れる。
(見つけた。この下深くにね。引っ張り出してくるけど、準備はいいかしら?)
「みんな、ホストルがクラーケン引っ張り出すって。準備はいい?」
その言葉に、ザルツと乗組員達も慌ただしく動き出す。
「皆んな、クラーケン来るぞ! 仕留めて帰ろう!」
和田の言葉に、豊明、増山、外山、長野が頷く。
「ホストル、準備できてるから、お願いした通り頼んだにゃ!」
(じゃあ、行ってくるわね!)
── ザザン
波飛沫を上げて、ホストルが海底を目指す。
ザルツが流れるように指示を出し、混乱もなく乗員が配置に着く。
さすがは大国の海軍だ。
訓練が行き届いている事は、乱れもない動きに現れている。
「豊明さん、樽とクラーケンじゃ違うけど、本当大丈夫ですか?」
「ダハハハハ、まあ少し勝手は違うだろうが、何も心配はないんですぞ!」
先程はサバイバルナイフだったが、クラーケンは肉厚なのだ。そのため、和田の予備の剣を使うことにした。
「タエちゃんは、状況に応じてヒールシャワー準備しておいて。タクちん、この作戦のキモだからな、タイミング頼むぞ」
増山も、外山も頼もしく頷く。
「てる美は臨機応変にサポートしてくれ!」
「キミさん、任せて!」
これで配置確認ができ、準備は整った。
万が一豊明が失敗した時は、和田が飛び込む覚悟だ。
「葉山念のため、大賢者さんに何か不足無いか聞いてくれ!?」
「ハルにゃんも、今のところは無いってさ。ただ、心臓取った後が一番大変だって言ってる」
なるほど、まあでも心臓取らなきゃ意味もないし、取ったら取ったで考えるしかない。
さあ、クラーケン、来い!!
◼️ 深海の覇者現る
数分が何時間にも感じられる。
海面を皆が注意深く見つめていた。
まだか…少しの変化にも、皆反応してしまう。
そして、ようやく暗い影が大きくなってきた。
── バシャ、ザザン
物凄い波飛沫と共に、ホストルが飛び出してきた。
ホストルの口には、クラーケンの足を咥えている。
しかし、クラーケンも足でホストルの胴体を絡めており、ホストルも動きにくそうだ。
そうこうしていると、ホストルが海中に沈む。
数分後に少し先に再度ホストルが現れる。
「微速前進で面舵!」
ザルツが指示を出す。
ホストラーダが微妙に右舷側に動き、絶妙な場所へ移動する。
ザルツ以下、ホストラーダはまさしく海軍の中の精鋭なのだろう。
今度はホストルがうまくクラーケンを抑え、海上にかなりの部分を露出させたまま保持している。
「豊明さん、頼んだ!」
「任せるですぞ!」
── ブォン、ブォン、ブォン、ブォン
剣が唸り、クラーケンへと撃ち込まれ、素早く戻ってくる。
クラーケンの心臓は胴体の中央やや下寄りにある。
これは、乗組員でクラーケン解体経験者に、確認済みだった。
その心臓の周囲を、剣で切り開こうという算段だ。
剣がクラーケンへ吸い込まれ、少し肉がめくれてきている。
── これは行ける!
── ギシャン
そう確信した直後、クラーケンの足が伸びてきて、剣を弾いた。
クラーケンも、学習したらしい。
だが、再度狙いをつける豊明。
── ブォン
剣がクラーケンへと伸びる、またしてもクラーケンの足が迫る。
── シュン
剣に足が当たると思われたその瞬間、矢が脚を捉えクラーケンに縫いつけた。
「やった!」
長野がガッツポーズしている。
そうこうしている間に、クラーケンの心臓がかなりむき出しになってきた。
── ドク、ドクドク、ドク
クラーケンの心臓が脈を打っている。
「タク! 頼んだぞ!」
豊明が叫ぶと、最後の一刀を放つ。
── ベシャ
布団をめくるように、心臓を覆っていた肉と粘膜がペラリとめくれる。
脈打つ心臓が見えている!
「見えたでやんす!」
外山が叫んだと同時に、アポーツをかける。
── ドサッ
── ドク、ドク、ドクドク
外山の目の前に、クラーケンの心臓があった。
外山が心臓に触ろうとした瞬間、葉山が叫ぶ。
「ダメ、触ったら!」
── ブッ、ジャシャー
心臓から何かが飛び出す。
外山の手の横を、何かがかすめて飛び出した。
── ドスッ
飛び出したものは、甲板に食い込んでいた!
「うわー、気持ち悪いでやんす!」
外山が叫ぶのも仕方ないだろう。
赤いぬらぬらしたものが蠢いている。ゴカイを巨大化させたようなものが、強力な顎で甲板に食らいついているのだ。
「ハルにゃんが、下手に近づくと穿孔虫に食い破られるって」
大賢者の心臓取った後が大変って、この事なのかと皆んな納得していた。
「よし、じゃあタクちん、凍らせちゃって」
外山が無言うなずくと、アイスブリザードで心臓もろとも凍らせる。
カチカチになった心臓を見て、外山は座り込む。
「タク殿、腕から血が出てます。治療します」
「痛っ、気が付かなかった。タエ様お願いでやんす」
穿孔虫が飛び出したとき、外山の腕をかすって行ったようだ。
◼️ 名付け親
今回のクラーケン討伐の取り決めとして、和田達は討伐に協力してもらう代わり、穿孔虫以外は辞退し、他は全てザルツ側へ提供することとしていた。
心臓を取り出した後、回収の指示を出して、瞬く間に解体までが完了した。
その一部を乗組員と和田達含め、甲板上で調理すると言う。
「我々の故郷でよく食べられる、代表的な料理を作りたいと思います」
そう言うと、ザルツが兵士に合図する。
大きな鍋が用意され、色々なものが鍋に注がれる。
どうやら、煮込み系の料理と思われた。
「出来上がるまでしばらくお待ちください。それで、ハヤマ殿にお願いがありまして…」
葉山は鍋に入れられたクラーケンに釘付けで、それどころではないようだ。
「ハヤマ殿?」
「おい、葉山聞いてやれよ。じゃなきゃ、クラーケンお預けな」
和田の言葉に、キッと振り返る。
「ザルスさん、何にゃ!」
「ハハハ、いや、なんでもないです」
(ザルスって、ハヤマ殿…もう、諦めました…)
葉山の目が血走っている。
チラチラと、鍋から目が離せないようだ。
「し、仕方ないですね。食べながらでいいので、後で聞いてください…」
「すみませんね、こいつの胃袋は恐ろしくてね」
和田が代わりに謝るが、葉山はどこ吹く風である。
「しかし、トヨアケ殿、ナガノ殿、お二人とも素晴らしい技でした」
ザルツが感心しきりだ。
「ダハハハハ、少林寺知ってるか? 縄鏢って技なんですぞ!」
「あ、なんか子供のころ、見たことあるかも!?」
「ダハハハハ、三年も練習した甲斐があったんですぞ!」
いや、普通そんな練習しないだろう、増山と長野は引き気味である。
(しょうりんじ? 全くこの方々はなんなんだ?)
ザルツの予想を全て覆してくる結果に、少し恐ろしくもあった。
「あの、心臓を取ってくるのも、アポッツでしたか? 我々には想像もつきません」
「ザルっち、アポーツでやんす」
(ざるっち? これも言い間違いなんだろうか?)
「タクちん、ザルツさん困ってるよ。すみません、こいつ大体そんな呼び方するので、気になさらないでください」
「和田殿、そうなんですね、な、なるほど」
(とはいえ、この方々は並の冒険者ではあり得ない。なるだけ我々のいい印象を与えねば)
鍋はしばらく煮込む必要があるので、前菜と酒が振舞われた。
「こら! タク、お前も飲め! …なんですぞ」
「いや、小生お酒は…」
豊明はわずかカップ半分で、かなり出来上がっていた。
騒がしくなってきたところで、葉山待望の鍋が出来上がる。
葉山が思い切り鼻で匂いを吸い込む。
なんのスパイスかはわからないが、食欲を刺激することは間違いない。
スープを一口飲むと、ニンニクと胡椒のような味わいで、クラーケンの出汁も相まって、シンプルだが味わい深い味だ。
葉山の胃袋にターボがかかったようだ。
「おい、葉山あまり飛ばさすなよ、ちゃんと話も聞けな?」
「なへも、おいひぃんだね、僕これすき」
和田も呆れて何もいえない。
「あの、葉山殿? お願いなんですが、あの子の名付け親になってくれませんか? 我々は彼等が何を思ってるのかもわからないので」
ザルツはホストルの子が休む檻を指差す。
「んー、そうにゃ…」
葉山はゴクリと、クラーケンを飲み込む。
「ホストルって、何語になるの?」
「ロークスの古代語になります」
スープを少しずつ飲みながら、考える葉山。
「じゃあ、古代語で友達ってどう言うの?」
「いくつかありますが、ファディ、ですかね」
ザルツの答えに、満足そうな葉山。
「ならそれぇ!」
決めた途端、突然立ち上がると、後方の檻へ向かう。
「うん、今日から君はファデイだよ」
── キュー
わかったとでも言うように、ファデイが応える。
ホストラーダの甲板の上は、あちこちから笑い声が響き、美味しそうな匂いと、芳醇な酒の匂いに満ちていた。
ホストラーダの右舷からは、ホストルが優しく見つめている。
一時の安らぎが、満天の星空の元に優しく満ちていた。
本作品の世界観や設定の補足情報、登場人物についてまとめました。
あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。
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