左手よりも大切なもの
◼️ イカ焼き三十本事件
「ほら、てるにゃん、一口食べてよ!」
口元、鼻の頭、手、タレでベトベトの葉山が、イカ焼きを差し出してくる。
「おい、葉山もしかして、金全部使ったのか?」
「うむ、余は満足にゃ!」
「はあ、どんだけ食うんだよ。いくらなんでも食い過ぎだ、イカ焼き三十は買えたろ?」
てへへ、と笑う葉山。
「僕だって鬼じゃない、ちゃんと皆んなの分もあるよ!」
「皆んなの分って、なんで二つなんだよ!?」
大量のイカ焼きは、この小さい身体のどこに消えた?
イカ焼きを受け取る長野。そして、無意識に髪を耳にかけ、髪飾りに触れる。
「てる美さん、その髪飾り素敵じゃないの?」
「ええ、キミさんに買ってもらったの!」
目敏く気がついた増山が早速突っ込む。
嬉しそうに長野もイカを頬張る。
「あら、本当に美味しいわ! お祭りのイカ焼きとも少し違うけど、マヨと七味欲しいわね!」
「てるにゃん、わかってる! 僕たち親友だよ」
ずいぶん薄い友情だと言わんばかりの和田に、増山がこそっと話しかける。
「和田殿、安心しました。ほんと、どうなるかと…」
「任せとけ、胸当てと良い弓見つけたからな! だよな? 長野」
増山の、"はあ"というため息がまた…
「あー、わかってないんですね…てる美さん、大変ですね」
「昔からだから、いいんです。キミさんらしくて」
(だから、この前からなんなんだ?)
一人納得いかない和田と、イカに盛り上がる女子二人と呆れ顔一人。
「タクちん、おとなしいけど大丈夫か?」
「荷物持ち疲れたでやんす…」
確かに沢山の荷物を背負っている。
和田がそのうち二つを受け取り、担いで歩き出す。
「じゃあ準備もできたし、エトル山に向かいますか!」
◼️ 待ち受ける脅威
一瞬でエトル山に着いた。
この旅で良かったことは、移動がかなり楽になっていることだろう。
目の前には、以前グリフォンが守っていた入り口が見える。
「温泉入りたいな、帰り入ろうな!」
「キミさん、温泉なんかあるの! 入りたい!!」
やはり長野が反応する。
「ああ、かなり大掛かりな温泉あるぞ!」
「凄く楽しみ!」
盛り上がる二人に、葉山が進み出る。
「ハルにゃんが、浮かれるな、まだまだ険しい道がのこっとるぞー、だって」
「大賢者さん、ここからどれくらいなんだ?」
ここからだと、高い絶壁に遮られている。
もっと奥の様子は見る事ができない。
「あと二つほど山を超えないとだってー」
尾根を回り込むと、かなり遠回りになる。
かと言って直線的に進むのは物理的に難しいだろう。
「なら、あまり登らず、中腹あたりを縫ってなるだけ直線的に進むか」
「それで良いけど、心配な事があるから、いつも以上に気をつけろってさー」
この先、大賢者の危惧が的中することになる。
── 獣道なのか? 程よく草木がかき分けられ、思いのほか快適に進む
「なんだろ、もっと木々を掻き分けながらってのをイメージしてたが…」
「本当に、これ道ができてるでやんす」
(気のせいかしら? 所々にヌルヌルしたものが…)
長野は先程から注意深くなっていた。
もともと、こういう場所は好きでないのが原因だと思うが、草に絡み付いた粘液のようなものが気になっていた。
この獣道によって、かなり速度アップができた。
「二つ目の山越えたと思うんだが…」
「和田殿、なんだか雰囲気変わってきました。暗さも、険しさも…これ、大丈夫なんでしようか?」
増山が不安な様子である。
確かに暗さのせいもあり、かなり不気味だった。
先程までと打って変わり、険しい山々が連なって迫ってくる感じがする。
「まあでも、進むしかないよな。この辺のどこかに探し物があるって事だろうし…」
目の前で獣道が急に右へ曲がった。
その先には、こんな太い木が存在するのか? という驚きの太さである。
「しかし、この太さヤバいな。俺ら全員でやっ抱えられるくらいか?」
和田の感嘆の声に、皆も注目してしているが、長野は目敏く木の幹にこびりつく粘液を見た。
(なんだか気に入らないわね…それに風が生臭いのよね)
どうしても気になってしまい、長野が木の幹の粘液に触れた。
(やだ…ネバネバするし、生臭いわ…)
木の上を見上げると、あの方へ粘液が螺旋のように続いていた。
「和田にゃん、なんだかここ動物とか全然いない…気持ち悪いにゃ」
暗くてじめついているし、太い木々が覆い被さってくるかのような迫力がある。
「ここいら少し開けてるし、少し休憩するか…」
外山が手慣れた感じで、敷物やテーブル、椅子などをアポーツで取り寄せていく。
それを皆で並べ、即席の休憩スペースを全員で設営した。
不思議なもので、敷物やテーブルがあるだけで、少し落ち着いてきた。
パンと干し肉、スープ、乾燥した木の実などで簡単な昼食を取る。
昼食を終えて、テーブルなど片付けて出発となった時だった。
── シャー、ドサッ
恐ろしく重量のある何かが落ちてきた、そんな音がした。
── シャー
和田が振り返ると巨大な蛇の鎌首が見える。
大きな目と、チロチロと出入りする舌が不気味だ。
冷徹な視線が刺さるようだ。
「和田にゃん、気をつけて! それ、オロチだってさ。猛毒あるみたいだから、ハルにゃんが絶対それを喰らうなって」
(オロチ? なんで日本語なんだ? く、今はどうでも良い、こいつどうにかしないと…)
鎌首を上げている状態で、すでに三メートルは超えていそうだ。
その後ろに、さらに尻尾まで五メートルくらい。
恐ろしく長い。いや、長いだけでなく、太さもあるので、巻かれると粉々にされそうだ。
「タクちん、壁で援護よろしく、タエちゃんは浄化と回復メインで、てる美は目を狙え! 葉山はなんでも良い、テイムしてくれ」
── シャー、ガン!
和田目掛けてオロチが突進する。
盾で受けるが、激しい力と重さが和田を吹き飛ばす。
体勢が崩れたところに、容赦なくオロチが襲いかかる。
── ゴゴゴゴゴゴ
小さな壁がオロチと和田の間に迫り上がる。
オロチの牙が壁にめり込む。
濃い紫の毒液が飛び散り、あたりに飛散する。
(噛まれたら危なかったな…)
すぐさま飛び起きて、和田が距離を取る。
── キューン
その時、オロチ目掛けてなにかが飛び掛かる。
かなり大きな猛禽類のようだ。
鋭い爪が浅く頭を抉ったが、致命傷ではない。
「和田にゃん、鷹みたいなのいた!テイムできたけど…多分、オロチもほかのも無理」
何度もオロチの頭に鷹が突撃を繰り返す。
本来、蛇の天敵の鷹であるが、この大きさでは部が悪い。
オロチは鷹に気を取られている。
(ここが狙い目ね…この新しい弓なら…)
── シュン、シュ、グサッ
── シャー
素早く二連射したが、どちらもオロチの首元に矢が刺さる。
鷹を追った瞬間の動きに、矢が首に逸れてしまった。
「惜しいわね、首元に刺さってるけど、多分効いてない」
鷹と矢に注意が集中していた。
その隙に尻尾がスルスルと動き出す。
それは、長野の背後から忍び寄っていた。
── シュルシュルシュルシュル
「あ、動けない!」
長野にオロチの尻尾が巻き付いている!
ギリギリと徐々に締め上げていく。
「あああぁ…」
「く、てる美! 待ってろ!」
── ボゴン
胸当てが圧力でひしゃげたようだ。
長野がぐったりとしている。
和田が躊躇なく盾を投げ捨て、息を吸い込む音が響く。
── ダンッ
和田の強烈な踏み込み、その反動から前へステップを踏む。
かなりの速度でオロチの首元に迫る。
── シャー
オロチも和田に向かい牙を向く。
迫り来るオロチの牙を、和田は左手を食わせガードする。
── グシャ、バシャ
鋭い牙が和田の左手に食い込む。
毒液が霧状になり、和田の周囲を包み込む。
左手に灼熱の痛みが走る中、和田が歯を食いしばる。
そして、和田の右手に光と熱が宿った。
── シュン
次の瞬間、右手が光を増した。
凄まじく疾風のような斬撃が繰り出される。
── バシュッ
鮮血を撒き散らせ、オロチの首が吹き飛ぶ。
「てる美! 大丈夫か!?」
「少し痛むけど、大丈夫。それより、キミさん左手が大変よ!」
和田の左手がドス黒く腫れている。
毒が回ってきている。
「く、かなり痛いな、これは…左手が焼けるようだ。タエちゃん、頼む」
「和田殿、動かないでください!」
増山が駆け寄り、祝福により毒の浄化を始める。
「キミさん、無茶しないでよ!」
「大丈夫だ。俺の左手よりも大切だからな…」
「もう、バカ…」
傷だらけの和田と、心配そうに見つめる面々。
転がるオロチの光の褪せた瞳もまた、虚に見つめていた。
本作品の世界観や設定の補足情報、登場人物についてまとめました。
あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。
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