大賢者の命運は!?
◼️ 大発見
規則的に上下する胸の動き。
吐く息と吸う息が確かにある。
──生きている。
そう自分に言い聞かせなければ、心が折れそうだった。
だが、その顔色は土気色。
まるで墓場から掘り起こしたばかりの死体のようで、
“生きている”という事実のほうが不自然に思えるほどだ。
「なあ、バストール……大賢者さん、生きてるんだよな」
「生きておる。だが“生かさず殺さず”ってやつだ。仮死に近い」
大賢者が倒れて一週間。
イストリアどころか、大陸全土に訃報が駆け巡った。
「思い出したんだがな……昔、これと同じ症状になる毒があった。なんだったか……」
「つまり、あの短剣に毒が塗られていたってことか」
暗殺者は捕縛されたが、翌日の取り調べで忽然と消えた。
牢は破られていない。
痕跡もない。
犯人も消え、大賢者も意識不明──混乱だけが残った。
「大変でやんす! 和田っち……」
タクちんが病室で叫びかけ、慌てて口を押さえた。
「外で話そう」
和田がタクちんを連れて部屋を出る。
── レッドアイ拠点へ
「で、どうしたんだタクちん」
「これは実にセンセーショナルゥな事件でやんす!」
「……落ち着け。またやんすしか言わなくなる」
和田が深呼吸を促す。
「すぅぅぅ……よし。聞いてほしいでやんす」
「小生のアポーツには、一つ残念ポイントがあって、術者本人はアポーツできないでやんす」
和田は頷き、続きを促す。
「で、実験したでやんすよ!」
タクちんの説明は驚愕の内容だった。
• 葉山を椅子ごとアポーツ → 成功
• 葉山+タクちんの二人指定 → 失敗
• 手を繋いで二人指定 → 成功
「つまり、複数指定は“ひとまとまり”として扱う必要があるでやんす!」
「……それ、革命だぞタクちん」
「でやんしょ!? 今後の移動コストがゼロになるでやんす!」
「これ、ギルドにはまだ言わない方がいいな。とんでもない依頼殺到だ。落ち着いてからギルマスに話そう」
ただし制約は変わらない。
• 転移先を知っている必要がある
• 初見の場所には転移不可
• 対象も“既知”でなければならない
つまり、時の牢獄のような未知の場所には行けない。
だがそれでも、冒険者としての効率は桁違いになる。
「これでイストリア、いやこの世界でレッドアイのポジションが爆上がりでやんすな!」
◼️ 魂飛魄散!
「あれ、タエちゃんと葉山はどうした?」
「タエ様は買い出しに、葉山殿は昨日からなんか変で、コソコソ落ち着かない落ち着かないでやんす」
拠点を見回すと、奥の棚の片隅でぶつぶつ話してるようだ。
「え、そんなの……みんなに言わないと…」
なんだろう、切れ切れに聞こえてくるが、葉山が焦っている感じがする。
「おい、葉山! どうしたんだ?」
「うーん、和田にゃんさ…どうしようかな…」
葉山らしくない様子に、違和感を覚える。
話したいって感じに見えるのだが。
「いや、ちゃんと話した方がいいぞ。またやらかしたのか?」
「違うって…うーん、もういいか! はい、手貸して!」
強引に葉山が手を握ってくる。
以前同じ事があったはずだ。
「なんじゃ、ワダアにも話すのか、もう少し我慢できんのか!?」
「え! この声、この話し方は!?」
でも、こんな事ってあるのか?
どういう事なんだ?
「この娘っ子には、もう少し黙っておれと散々言うたがなぁ、まあ仕方ない」
「これって、あの世と繋がってるのか?」
さっき、息をしていたことは確認してる。だから、そんな事はあり得ないと思う。
「まあ、聞け。ワシも三百二十六年生きてきたからには、その辺のやつよりは物知りなんじゃ。今回はこれまでにないピンチじゃからな。魂魄移送の奥義を使うしかなかったんじゃ」
なんとも大層な奥義が発動していたらしい。
「つ、つまり、どう言う事?」
「ワシの魂魄をじゃ、この…チュー…娘っ子のワーラットに移送したわけじゃ」
チュー? なんだろう?
なんだかチュー吉が苦しそうに見えた。
「たまに、ワーラットが出てくるが、気にせんで良い」
まさに、魂飛魄散と言う事だ。文字通り魂が飛び散るような驚きを表す言葉だか、それを体現している。
ただ、ワーラットのチュー吉にとっては、災難かもしれない。
「よし、お主に話すのが早かろうな。ワシの本体には邪教の毒が使われておる。はるか昔より密かに使われてきた毒ゆえに、名前すらわかっておらん」
「それで、解毒はできるのか?」
「可能ではあるな。ただ、材料集めが非常に厄介じやな。この大陸に満遍なく分散しておる、普通に集めようとは思わんじゃろう」
材料が世界中に分散とは、なんともスケールの大きな解毒薬だった。
「解毒薬は邪教にはあるってことか? どうやって集めたんだ?」
「邪教側にあるじゃろうな、邪教徒は大陸のあちこちにおる。少数じゃが恐ろしい忠誠と団結力があるので、組織を総動員すれば容易かろう」
「なるほど、もちろんここまで聞いて、集めない訳には行かないだろうな。材料はわかるのかな?」
「もちろんじゃとも、全部で七種類が必要じゃぞ。それにな、急がんとワーラットがもたんし、魂が固着したままになる、そうなれば終わりじゃ」
── 全七種類の材料とは次のものだ
・コカトリスの嘴
・叫ぶ草
・暗黒蠍の尾
・死霊の砂
・穿孔虫
・チガンの実
・嘆きの雫
「なんだろう、名前聞くだけだと、全く想像つかないよ、集まる気が全然しないな」
「まあ、朗報もあるぞ。主らが持ち帰ったラーリニアのローブには、死霊の砂がついておった」
確かにラーリニアは死霊となって、最後は砂のように崩れて行った。
「じゃが、他の素材はどれをとっても難儀じゃ。人族であれば、寿命までに揃えるのは奇跡かもしれん」
「え、それじゃどうすれば…」
「まあ落ち着け、"普通"であればな。ワシは素材の場所は予想がついておるし、お主らであれば移動は楽であろう?」
「まあ、行きは苦労するだろうけど…その場所とかポイントをリストアップしますか」
── 出来たばかりの紙を使ってリストアップしていく
「よし、じゃあこの一番近そうな暗黒蠍から開始かな」
「ふむ、それが良かろう。ワシも同行するでな、ささっと済ませるぞ」
大賢者が無事だし、同行を得られるとの事で気が楽になった。
それに、冒険は望むところだ。
「ところで、一つ素朴な疑問があるんだが、なんで暗殺してきてるのに、生かさず殺さずな毒なんだ? もっと過激な毒もあるだろうし、他にも方法あるよな?」
「それはな、ワシには”時の牢獄”での祝福、いや一種の呪いがかかっておる。つまり、強制的に三百年生きる祝福なんじゃ。それゆえ、ワシが何もできんようにしたかったんじゃろうな」
つまり大賢者含むこちらの事情全般、知ってる相手ってことか。
厄介な相手に狙われているな。
だからこそ、ここで引き下がるわけにいかない。
「よし、じゃあ準備するか…ん?」
「和田っち、もうこっちに来て一ヶ月こえてるでやんすが?」
一気に現実をつきつけられた気がする。
「しゃーない、一回戻ってからにするか…」
◼️ 総務部動く
ほんとにこんな所にあるのかしら?
かなりの山奥に来ている気がする。
しばらく歩くと、どんよりしたオーラを放つ建物が。
『なんだか、お化け屋敷みたいだったよ』
総務部の先輩がそう言っていたのを思い出した。
これ、お化け屋敷っていうより、廃墟ではないのかしら?
地図を片手に古びた"赤島倉庫"前に佇む女性は、総務部 長野てる美であった。
── 三日前に遡る
『長野さんね、悪いんだけど出張お願いできない?』
『出張ですか? どのような仕事なんですか?』
上司の三浦に声をかけられ、疑問が浮かぶ。総務部で出張は稀だ。ほとんど無いと言っても良い。
『実はね、赤島倉庫の人らと連絡つかないって、秋田営業所が騒いでるんだよ』
『え、そんな事が?』
(キミ、いや和田さんが異動したところだったはず…)
『秋田営業所から人出せたらいいんだけど、あそこ人少ない上に忙しいからね。管轄責任は総務部だから』
『連絡取れないって、四人いますよね? 全員連絡取れないんですか?』
もし本当なら、事件や事故って事になる。
『そうなんだよね、だからさ念のため警察にも連絡したんだけど、誰も居ないって言われてね』
『そんな、みんな失踪したって事ですか?』
てる美の胸中に不安が広がる。
『うん、わからないから、実際に確認したしなきゃいけない。警察に捜索願い出さないといけないかもしれないし』
『そんな四人全員が消えるなんて、あり得ますかね?』
だが、連絡しても通じない、折り返しもない、これは紛れもない事実だった。
『……わかりました。わたし行きます』
── そして赤島倉庫前
この廃墟同然の建物に、およそ八時間かけてやっと辿り着いたわけだ。
チャイムとか、呼び鈴とか何も無い。
「ごめんください…」
呼びかけても奥から人の動く気配はなく、声が聞こえることも無い。
── ビシッ、ビシッ
扉を開けようとするが、なかなか開かない。
どうしよう。
── ガラガラガラ
突然開いた。
少し浮かせ気味に力を入れると、開くことができたのだ。
中は薄暗い。電灯も消えている。
── カチリ
LEDライトをつける。
上司に持っていけと言われた時は、何を言ってるのかと思ったが、これは完全に必要だ。
(こんなとこで肝試しなの? …ヤダわ)
奥の方から、何か得体の知れないものが迫ってくる、そんな錯覚を覚えて身震いする。
ゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐る中に入っていった。
【お知らせ】
本作品の世界観や設定の補足情報、登場人物についてまとめました。
あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。
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