暗殺
■ 動き出す闇
水晶に映るのは、正気を失った死霊のラーリニア。
和田の攻撃は通じず、ただ暴走する影だけが揺れていた。
(ふむ……やはり、あれをどうにかできる者などおらぬ)
フードの男──マズルフ猊下の口元が満足げに歪む。
だが次の瞬間、水晶の中で“あり得ない変化”が起きた。
ラーリニアの瞳に光が戻り、何かを語りかけている。
水晶は音を伝えないため内容はわからないが、
その表情は確かに“救われた者”のそれだった。
── ビシッ、パリンッ!
水晶が砕け散り、映像は途切れた。
(……なんてことだ。これはどういうことだ……?)
(……そんなばかな、ダークエルフの古代の禁忌により、”時の牢獄”に自らを縛り付けた死霊だぞ!? 余の闇の力を注ぎこんで力を増したはず…)
「マズルフ猊下、何かございましたか」
「うむ。例の“器”が……浄化されたようだ」
その言葉に、側近が息を呑む。
マズルフの口元は、今度は忌々しげに歪んだ。
「わかったぞ……ユウノシンとか言ったか。あの男も厄介な能力を持っていたが……今回の召喚者は、それと“似た系統”だな」
「似た……と申しますと?」
「ユウノシンは“未来”を見通した。だが今度の奴は……“過去”を呼び覚まし、個体の時を変容させる力を持つようだ」
「なっ……それは、あまりにも危険では……」
マズルフは無言で顎を扱き、深く考え込む。
「いや、あれは特定の状況下でしか発揮できまい。だが……“時の牢獄”に入られると厄介だ。いや、危険この上ない!」
── バシィッ!
怒りに任せ、水晶の置かれた台を叩く。
「仕方あるまい。“呪われし落とし子”を解き放て」
「猊下……本当に、あれを……?」
「構わん。このままではハルアットの思う壺だ。奴らは看過できぬ。ここで終止符を打つ」
(ユウノシンといい、今度の奴といい、ハルアットめ! 時間系統の能力は世界の理、なにより我々と非常に相性が悪い。忌々しい限り!)
マズルフは水晶の台を離れ、闇の中へと歩み出す。
「手配をしておけ。本格的に動く必要がある。……何かあれば使い魔を寄こせ」
「はっ、猊下の御心のままに……!」
フードの男は闇に溶けるように姿を消した。
残されたのは、重苦しい沈黙と、“何かが動き出した”という確かな気配だけだった。
■ 時間魔法
「なんと、ラーリニアが! 主よ、本当にそうなのか?」
「小僧、ラーリニアはどうなった!?」
まあ、そうなるよな。
かつての仲間が原因だったなんて、誰も思わないよな。
「ああ、俺は大賢者さんの記憶で直接見てるから間違いないよ。あれはラーリニアだった。だが……骸骨が透けて見えてたんだが?」
「うむ、それはダークエルフの禁忌じゃ。死霊化じゃな。じゃが、死霊化した場合、場所の移動はできんはずじゃ。なぜ“時の牢獄”を抜け出せたのか……」
大賢者さんもバストールも沈鬱な顔をしている。
ラーリニアのおかげで二人とも生きているわけだし、無理もない。
「とにかく、攻撃はすり抜けるし、何をしてもダメだった。叫び声には精神作用もあったみたいで、もうだめかと思ったんだがな……」
「死霊は実体を持たぬが、骨が依り代として機能したのじゃろう」
俺は自分の右手を見る。
あの時も、こうして手を見た。
少し光っていた。
心の奥で“手を出せ”と囁かれた気がして……
「それでさ、こうやって手を出したんだ。そしたらラーリニアの意識が戻って……あっけなく、消えていったよ」
「ふーむ……お主はあほうなのか、できるのかわからなくなるな。どれほどのことを成し遂げたかわからぬか」
ん? そうなのか?
大賢者さん、めっちゃ呆れてる。
「お主、ダークエルフの禁忌がそんな簡単に解けると思うか? ラーリニアは永劫に縛り付けられる覚悟だったはずじゃ。それをいともたやすく浄化したとは……驚きじゃぞ」
「そうなのか? 全く意識してなかったからな。あ、そうだ、ラーリニアから伝言だよ。『先に行って……待ってる……』だってさ」
大賢者さんも、バストールも無言になった。
「ラーリニア……俺にもっと力があれば!」
「バストールよ、それはワシも同じじゃ。完全にラーリニア独りに背負わせてしまったの。じゃが……ラーリニアよ、間もなくワシらもすぐに行くぞい……」
もしこれがレッドアイの誰かだったら?
俺も同じように意気消沈するんだろうな。
「まあ、ワシも時間魔法はわかっておらぬが……間違いなくお主が時間魔法を使った、ということであろう。死霊化したら、存在ごと浄化するしかないからの。それは浄化できれば、の話じゃがな」
大賢者さんが珍しく考え込んでいる。
「死霊化というのは呪縛なんじゃ。ラーリニアは“時の牢獄”に己を縛り付けることで、時の番人の力を弱めたのじゃ。解呪する方法は存在せん。ましてや、浄化も無理じゃ。できるとすれば……禁忌発動の前に止めるしかあるまい」
ん? どういうことだ?
「つまりだ。これは推測にすぎんが……お主の時間魔法は“過去を変容する”。そうとしか考えられん」
「それはとんでもないことですな! 冒険者ギルドとしても、記録を含めてレッドアイの処遇を重要検討いたします!」
ロンギスタンが慌てて飛び出していった。
緊急会議でもやるんだろう。
「まあ、そういうことなんじゃ。お主らはあっけないというが、とんでもないことじゃよ」
「ガハハハ、小僧、お前は本当に面白い!」
── なんだか大変になったな。和田としては、その程度の感想にしかならなかった。
■ ゴールドランク
「度重なる検討の末、レッドアイをゴールドランクへの昇進を決定いたしました。先のレッサードラゴン討伐から続く数々の依頼達成、並びにサザル村の村人消失の根本原因を排除、これらの業績は紛れもなくゴールドランクに相応しいと判断いたしました」
ロンギスタンが一息入れて、周りを見回してるな。
誰も何も言わない……
「異議のある方はいらっしゃるかな?」
── 周囲から次々に「異議なし」の言葉が飛び交った
「さて、レッドアイリーダー、ワダア殿、満場一致での昇格は承認された。すまないが、断ることは許されぬ。困難な依頼はもはやレッドアイ抜きに語ることができないと知って欲しい」
「わかりました。ゴールドランク、確かに承ります」
早速紙が使われてるな!
── おお、もうゴールドなのか
── さすがに召喚者は違うな
冒険者ギルド内のホールだから、一般冒険者もいるんだよな。
なんか注目されてるな。
まあ、この拍手喝采ってのは、ちょっと恥ずかしいけどな。
── 手を振って応えるレッドアイの面々
ん? なんだあれ?
何かひっかかる、あいつなんかおかしいぞ?
目は白く濁ってるし、頭の形が歪んでる?
何がおかしいって、あの笑顔だよ。あんな不気味な笑顔みたことない!
ゴブリンかって思うような人間なのか?
「タクちん、あれ、見えるか壁急いで作って防いで! 葉山、なんでもいい従えられそうなやつ総力テイムで防いで! タエちゃん、神聖防御頼む!」
く、間に合うか?
みんな俺が突然叫んでるから驚いてるな。
間に合ってくれ!
「うぐ……」
大賢者さんが……
倒れてるんだが、何があった!?
壁も、テイムも、神聖防御も、そして俺の時間魔法も……
間に合わなかったのか!?
この期に及んで、ようやくみんな動けてるのか。
反応したの俺らだけなのかよ。
── その日、イストリアには「大賢者倒れる」の訃報が瞬く間に知れ渡った
◇◇ 第一部 完 ◇◇
第一部完了となります。
ここまで貴重なお時間で読んでくださり、ありがとうございました。
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あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。
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