和田、左遷先に永住を決める
◼️ 違和感しかない
━━ 久しぶりの赤島倉庫での朝
葉山はぼーっとしていた。何もする気がしなかった。
この感覚、なんだろう?
洗面所の鏡に映る自分。クマのできた目元、ボサボサの髪。いつも通りに見えるが、なんだろう、説明できない違和感がある。
モヤモヤして、そわそわして、それでいて憂鬱でもある。
私・・・ほんと酷い顔してる。
異世界だと信じられないくらいに全てが軽い。
気持ちも、身体もだ。何でもできるんじゃないか? そんな自信も生まれてくるようだった。
見た目も違う。そう、私が夢想していたままの、若く可愛らしい自分。
赤島倉庫、いや日本での暮らしは、あの鉛のように重かった。身動きなんて取れない。
あっちでは、僕の心が全て解放された感覚と、何よりこれが僕なんだっていう、前向きな肯定。
何でこうなるのか? 異世界で和田に聞いてみた事がある。
『多分異世界渡ったときに、何か変わる和じゃないか? 指輪も変わるし、あ、そうそう、スマホどうなるか見たか?』
『え?僕スマホなんて持ってないにゃ』
ずっと引き篭もっていた葉山には、スマホなど不要でしか無い。
『今どきにすごいな。えと、俺のスマホはな、砂時計になってたな』
その話で、納得はできなかったが、あまり不思議とも思わなかった。
『まあ、そんな気にすんなって。楽しもうぜ』
和田は笑っていた、タエも、外山も。
そうなんだ、異世界は厳しいし、怖いとこもある。でもさ…
━━ 僕、凄く楽しいんだよ!
「何が、楽しいんだ?葉山」
「…えと、何でも無い…」
しまった、口に出していたなんて。
しかも、和田に聞かれるなんて。凄く恥ずかしい。
こんな事、以前なら全く考えられないことだった。
「まあ、良い事さ。楽しもうぜ」
「…うん」
なぜだろう、楽しみたいって気持ちが、物凄い勢いで溢れてくる。
「あ、葉山、ちょっと支度したら食堂来てくれるか? 皆んなで話しておきたいんだ」
◼️ 移るべきか、移らざるべきか
「「「…」」」
皆んな黙っちまったな。まあ、仕方ないか。
━━ 少し前の事
「いきなりなんだけどさ、俺は異世界に、いや、イストリアで生きて行こうと思う」
皆んなハッとした感じだけど。
じっと見てくるだけか。
「まあ、すぐに答え出す必要はないさ。皆んなも考えてくれないか? 決まったら教えて欲しい」
と言ったのが十分くらい前。
結構考え込んでるな。
「…あの、僕はさ…」
「葉山、いいさ、無理しなくていいよ。まだ色々やる事山積みだし、終わってからでもいいからさ」
なんだろ、俺は皆んなも行く!ってなるかと思ってたな。少し残念かもだが、それが当たり前の感覚なんだよな。
「あの、ちょっと確認があって、こっちの物を向こうに持っていくと、なんだか似てるような物に変わるでやんすよね?」
「そうだな。スマホは砂時計、財布は皮のポシェット、そんな感じか」
法則とかそんなもんじゃないしな。似てるような物に変わるのか、それも実際わからない。
「小生考えてみたでやんすが、消耗品を持ち込んでも、消費で終わりなやつだと意味ないでやんすから、道具とか何に変わるか確認したいでやんす」
「なるほどな、それは興味深いかも」
それは確かに気になるし、役立つ物になるなら、損はないしな。
「あ、あと掃除しなきゃな。いやがらせとは言えやっぱり、俺ら仕事サボってる訳でさ」
「和田殿、確かに気まずいというか、罪悪感ありますよね」
これは、皆んなそうだったみたいだな。
うんうん頷いてるもんな。
じゃあ、掃除して行きますか!
◼️ 持ち物選び
掃除しながらも、やっぱり考えちゃうな。
何持っていくか? 確かに興味深いんだが…
あ、やっぱり俺は鉛筆だな。
何になるか、非常に楽しみでもある。
先程は話し合いと言っても、ほぼ皆黙ったままだったし。
多分タクちんも、苦し紛れだったかもな。
まあ、提案としては、全然アリだけどな。
これから掃除しながら探してみよう。
なんだか、掃除がめちゃくちゃ久しぶりな気がする。何ヶ月もやってないような、そんな感じだ。
━━ あっという間に掃除を終えて
午前に一部屋、お昼挟んで二部屋か。あっという間に終わったな。
歴代倉庫も、今じゃなんの恐怖も無いな。
━━ 夕食の時間
なんだか、皆んなまだ考え込んでるな。
まあ、そんなに簡単に決めることでもないしな。
「じゃあみんな、また明日の朝食食べたら行こうか。ちゃんと持っていく物決めておいてくれよな」
先に戻るか。
「タエちゃん、ご馳走様。皆んなもまた明日」
皆んなリアクション薄いな…
まあ、今は考えておいてくれ。
━━ 次の日の朝
トントントントン…
リズミカルに包丁が音を奏でる。
タエはネギを刻みながら、考えていた。
私どうしたらいいんだろう?
繁晴さんと過ごした日本を離れるのか?
でも、和田、タク、葉山との冒険も楽しいのは事実だし、異世界の生活は不思議と心落ち着いた。
とにかく、しばらくは全力で何でもやってみよう。
そのうち気持ちも固まるはずだわ。
「タエ様、おはようでやんす。サポーツきたでやんす」
━━ 出来上がった朝食を、二人で並べ始めた
「さて、皆んな持っていく物は決めたか?」
皆んな昨日よりは元気っぽいな。
「…僕、決めたよ」
「もちろんでやんす!」
「決めました」
とりあえず、何を持っていくか、聞くのやめとこう。向こうで、もの見てから聞こうかな。
「よし、タクちん、定時報告の仕掛け問題ないか?」
「大丈夫でやんす」
「なら、ご飯食べたら、行きますか」
◼️ オルガ茶
━━ ガチャ
もうすっかり何の恐怖もなく、歴代倉庫の扉が開けられるな。
あれ? ハルアットいないな。
こっちは昼間か? 時間のズレがイマイチわからないな。
「ハルっち、多分紙工房でやんすね」
「紙見てテンション上がってたからなぁ」
と、その前に、持ち込みチェックと行きますか。
「もちこみチェックだ。まずは俺から」
よし、カバンから出してみますか。
「おお、なんだこれ。黒いテカテカの石になってる」
「和田殿、それって何でしたか?」
「これ鉛筆なんだけどさ…」
「なんか、ゴージャスでやんす」
確かに豪華というか、黒い艶のある深みある宝石と言っても通るな。
「じゃあ、僕はこれにゃ」
「なんだ? チェスなのか?」
「たしかに、チェス盤にみえるけど、駒が全然違うでやんす」
「僕はね、ゲームのカセット持ってきたにゃ」
つまり、こちらの世界の、ゲーム的な物って事なのか?
「次は私が…」
「タエちゃんのは、全くわかんないな。箱だよな」
「んー、全くわからないでやんす」
「それは大賢者さんに聞いてみるか」
鰹節を削るやつに似てる箱だな。全く予想もつかない。
さて、あとはタクちんだな。
「じゃじゃーん、これでやんす」
「馬車? 模型の馬車った感じだよな」
「これは、ジオラマから電車を持ってきたでやんす」
━━ ブゥゥゥン
タクちんの魔力が流れて空気振動してるな。
音に合わせて少しずつ馬車が大きくなってる!
「これ、凄いかも、大きさ変えられるでやんす」
「タクちん、小さくできるのか? 部屋の中だからそろそろ小さくして」
━━ ズゥゥゥン
「小さくなってるでやんす!」
「これあれば、馬的なやつに引かせれば冒険楽になるな」
道具持ってきて正解だったな。
あとは、タエちゃんのみてもらわないとな。
紙工房に行きますか。
━━ 紙工房が賑やかな件
え? 入り口に人だかりできてるな。
「主か、やっと来たな!」
「なんだ大賢者さん、なんの騒ぎだ!?」
やっぱり大賢者さん、俺ら来るのわかってるよな?
「これじや、これはなんじゃ?」
「ん? それオルガのお茶だな」
「なんと、これはオルガなのか? お主らまた、とんでもない物作りよって」
ハルアットによると、この前紙作りを引き継いで、作業していた時に、オルガ茶を見つけて飲んでみたらしい。そこから、口コミでめちゃくちゃ美味い茶が有るという事で、城からも人が来るほどだったとか。
「まあ、大賢者さんらが飲んでる茶なのか? あれは悪いが飲めないから、作ってみたんだよ」
「わかっとらんの、あの酸っぱいのが良いんじゃろうが」
まあ、慣れもあるとは思うがな。
「そういう割に、オルガ茶の方が美味いんだよな?」
「まあ、そうなんじゃが」
「お茶の方も、作り方はまとめておくよ」
というか、俺は気がついた。こっちの世界は、適当なんだよな。茶も葉を刻んだだけだし、肉も塩振って焼くだけだしな。
日本人てのは、ほんと手間暇惜しまないからな。
それが多分違いなんだろう。
「大賢者さん、ちょっとこれなんだろう?」
「なんじゃ? どれどれ」
タエちゃんの箱をひっくり返して、それで何わかるんだ?
「お前さんら、これはかなりのもんじゃな。これは、魔力を蓄えることのできる箱じゃ」
「どういう使い道ある?」
「そうじゃな、そのまま投げれば、魔力爆破できるのう。まあ、それはお勧めせんが」
ハルアットが集中してるな。
「ふーむ、この箱凄まじく魔力を溜め込める感じじゃの。これに溜めておけば、ダンジョンでも冒険でも、使い放題じゃな」
「タエちゃん、ところでこれ元は何持ってきた?」
「いや、私何持ってきたら良いかわからなくて、砥石です」
砥石かぁ、全くどういう法則なんだろな。タクちんの魔法は、かなり魔力消費が大きいから、使い方次第では、かなり使えるだろう。
しかしこれは、ほんとに面白いな。
「さ、ワシはカミィを作って作って、作りまくらんとな」
「そっか、なら俺らも手伝うよ」
━━ こうして、異世界で全力の紙作りが始まった。




