それぞれの過去 外山編
◼️ 痛み
「ふう、あと一息でやんす」
「タク殿、少し休憩しましょう。まだ荷物も届かないですし」
"紙工房"も、土台から設備まで、ほぼ完成に近い。あとは造形魔法で出来ない物、鍋などの小物が届くのを待つばかりだった。
二人は白湯をすすっていた。
こちらの世界のお茶のような物?もあったのだか、口に合わないからだ。
━━ ほら、さっさと運べ…
外から騒がしい怒鳴り声と、鞭の振られる音、声にならない苦悶の呻き声が聞こえる。
そして入り口から現れたのは、痩せ細った狐人だった。体毛の上からでもわかる傷跡。鞭によるものだろう。
━━ 心がざわつくでやんす
痩せた狐人に大きな鍋を運ばせている。少しふらつき、危なっかしい。
「注文の品運んでまいりました」
言葉は丁寧だが、屈強な面構えに嫌な光を放つ眼光。鞭を扱きながら、下卑た笑いを浮かべている。
奴隷に品を運ばせる監督的な人間か。
「そこの台が鍋置きでやんす」
狐人が指された台に向かう。台に置こうと体勢を変えた時、ふらつきが酷くなり、鍋が転がり落ちそうになる。
━━ おい、狐野郎! 全く何回同じことやりやがる…
怒りの怒声共に、鞭が振り下ろされたかに見えた。
しかし、バシッと音を立てたが、鞭は土壁に当たる。
「あ、え、これは…」
「鞭を振り回すと、危ないでやんす」
ちょうど監督の目の前に、壁が盛り上がってできていた。
鍋の方は、タエが造作もなく片手で掴むと、鍋置きへさっと置いた。
色々と拍子抜けとなった監督は、苦笑いを浮かべている。
━━ 小生、こういうのは嫌いでやんす
外山は昔の事を無意識に思い出していた。
勉強机に座っている少年がいる。
勉強はしたくないが、机に座って教科書とノートを広げている。手に持った教科書には小学五年生の国語と書いてあり、名前には外山拓郎と几帳面な文字で明記されている。
シャープペンをクルクルと回しては、単に目で追っているだけという感じで、教科書とノートを交互に眺めている。
━━ パリンッ
階下から何がが割れる音。そして、男の怒鳴り声と、女性の小さな悲鳴。
またか、外山はウンザリすると共に、怒りも込み上げて来る。
こういう日は"嵐の日"と呼んでいた。
家の中も、母親も酷い有様だったからだ。
外山は思わず耳を塞ぐ。聞きたくなかった。
━━ なんでだ? いじめるのって、楽しいの? 僕は意味がわかんないよ
少し前から、外山の家ではこの様な事が起こっていた。だが、外山少年は背は低いほうから数えた方が早く、力も弱いため、とても向かっていく勇気もない。
━━ あんなやつ、大嫌いだ!
いつしか父親に憎悪すら抱いていた。
交通ルールは守りなさい。
人の迷惑になってはいけない。
大人達はそう言うが、いじめるのはいいのかな?
そんな訳ない!
こんな風に、外山少年は日々悶々としていた。
◼️ 偽りのヒーロー
━━ ある日の放課後
『おい、アイツまた何かぶつぶついってら』
『どうする? 砂に埋めるか、川に落とすか』
何とも物騒な事を話している悪ガキども。近所でも有名な悪ガキたち。そして、物騒な標的となっているのは、外山の隣のクラスで学年一のチビと言われている、ガリガリに痩せた男の子。
名前は知らなかったが、チビガリと呼ばれていた。
先頭をぶつぶつ歩くチビガリ。その跡を付ける悪ガキ。さらにその後ろに外山少年。そんな構図。
外山少年は、会話も聞いているから、心中穏やかでは無い。普段からイジメなんか大嫌いで、怒りが解消されていないのに、これから起こるかもしれない事を思うと、やはり怒りが込み上げて来る。
どうする?
外山少年は考えた。
━━ 仕方ないな、やるか!
『ヘイヘイ、そこのボォウイ達、なんの相談でやんす?』
一瞬の間が起きる。
『は? やんす?』
『ギャハハ、なんだコイツ、おかしいんじゃないか?』
悪ガキ共は興味深々となっていた。
『小生、ナイスアイテムゥ、あるでやんす』
そういうと、ポケットから袋を取り出す。
袋に黒い豆粒の様な物が入っている。
『これ、なんだかわかるでやんす?』
『なんだそれ?』
『おい、チビガリ行っちまうぞ?』
かなり興味を引いたが、まだチビガリを狙っているようだ。
『ノンノン! 君たちこれは、蛇玉というでやんす』
そして、袋から一つ取り出すと、玉に火をつける。
途端にモクモクと煙を出しながら、黒い煤が伸びていく。まるで蛇のように。
『うお、なんだそれ、面白え』
『チビガリなんかほっとくでやんす』
そういうと、外山少年はくるりとチビガリに背を向けて歩き出す。
『行くのか、行かないのか? 小生とレディゴーでやんすよ!』
『まてよ、俺にも蛇玉くれよー』
そうやって、なんとか引き剥がした。
━━ 蛇玉、独りで遊びたかったなぁ
外山少年の小さな呟きは、誰にも届かなかった。
それから始まった小さな抵抗の日々。別にヒーローになりたい訳じゃない。
ただ、不快な事を減らしたいだけだった。
いや、果たしてそうなのか?
多分"嵐の日"の翌日、アザを隠すために夏場でも長袖を着た母親。
腫れた顔を隠すためか、顔を手で隠しながらオドオド話す母親。
そんな母親を一番見たくなかったんだと思う。
父親をどうにかできればいいのだけど。それもできないから、フラストレーションは溜まる。
そんな日々が続き、中学生も同じ調子で切り抜け、高校生になった。
『あのさ…』
目の前に現れたのは、百八十センチはあるか? かなり体格が良く、爽やかでスラリとした男が立っている。
『ん? なんでやんす?』
内心びっくりしたが、顔に出さない。言葉もこの口調に慣れすぎ、自然に訳の分からない言葉も出て来る。
『僕だよ。星野だけど』
『星野? ナッシング、誰でやんす?』
星野? 誰だろう? 本当にわからない。
『チビガリっていったらわかるかな?』
『…』
しばらくの沈黙。
『!? アンビリィバボォウ、あのチビガリくんでやんすか!?』
『そう、僕中学生の後半から、物凄い背が伸びてね』
あの学年一のチビと呼ばれていた弱々しい彼。すっかり逞しく、凛々しくて眩しいほどだ。
『僕はね、外山君には感謝してるんだ。君は認めなかったけど、僕のこと助けてくれてたよね。本当に君かがいなかったら、僕はどうなってたか…』
『まあ、よくわからないでやんすが、小生何もしてない…』
そこまで言った時、星野が手を差し出す。
『本当にありがとう。僕のヒーローだったよ』
外山は無言で握手をしていた。
━━ 元気でね
星野は家族の都合で転校することになり、離れる前にどうしてもお礼がしたかった。
そう言い残し、星野は去った。
外山少年の目には、涙があった。
━━ そうか、僕の事見てくれてたんだ
◼️ 奴隷もイジメみたいなもんか
「タク殿? なにぼーっとしてるんですか?」
「あー、いや、タエ様。小生これでもヒーローだったでやんすよ」
何の事かわからない様子のタエ。
「まあ、そんな事どうでもいいでやんすね」
━━ ほら、早く運べ!
続々と鍋や木材など、工房に必要や物が搬入されてきている。
監督は鞭の使用を控えたが、手で突き飛ばしたり、怒鳴ったりは変わらない。
━━ やっぱり、奴隷もイジメみたいなもんか
この世界で何ができるのか、そもそもどうなるのかもわからないのだが、この先何かできるとしたら、奴隷制度はなんとかしたいな、そう思う外山だった。
本作品の世界観や設定の補足情報、登場人物についてまとめました。
あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。
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