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定年間近の左遷先が冒険者ギルドなんだが!?  作者: Jiru-man
第一部

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16/49

それぞれの過去 増山編

挿絵(By みてみん)




◼️ 訃報


「タク殿、これはどちらに運んだらいいですか?」

「それは、あっちでやんす」


”紙工房”の準備は順調だった。

ただ、設備の大枠は外山の造形魔法でサッと出来上がっていたが、それ以外の物は人力で運ぶ必要があった。


━━ 和田殿、ちゃんと葉山殿に会えただろうか?


なんとなく、落ち着かない。

あの時もそうだったから。


増山タエのいつもの回想だった。

何かにつけて、思い出してしまうこと。

終わらない悪夢のような、辛く悲しい回想。


『じゃあ、ちょっくら行ってくるよ』


いつものように、あの人は車に乗った。増山繁晴は、料亭の料理人だ。この時間、いつも軽トラックに乗ると、市場へ買い出しに出かける。


『はい、貴方気をつけていってらっしゃい』


━━ ププッ


短く小さくクラクションを鳴らし、窓から突き出たてがバイバイしてる。


このいつもの光景であったが、最後の光景でもあった。

しばらく見送ると、料亭へと戻った。


━━ 何時かしら?


しばらく掃除してみたり、車が帰ってこないか見てみたり、そんな事を繰り返していた。


その合間で時計を確認する。先程の確認から二分も経ってないのだが、つい何度も時計を確認してしまう。

いつもならとっくに帰ってきている時間。

渋滞とか、なにかあったんだろうと思うのだが。渋滞? 早朝に?


━━ 不安を打ち消すためにも、できることやってしまおう


気を取り直したタエは、皿を出して確認したり、仕込みの鍋を出したり、無心に動き回った。


━━ ガチャン


やってしまった、繁晴がこだわって買い求めた小鉢。梅の花をあしらった形と、ほのかなピンクの小鉢。


挿絵(By みてみん)


繁晴には、職人らしい小さい所までのこだわりがあった。

それもあってか、そこそこ名の知れた料亭となって来ていた。


━━ やだ、よりによもって、この小鉢割ってしまった


タエの心配がますます募る結果になった。

電話に手が伸びる。

馴染みの魚屋に電話する。仕入れでは必ず寄る魚屋だからだ。


『おお、タエさん。おはようさん』

『あの、ウチの人まだおりますか?』

『え、繁ちゃん?いや、今日はきてないよ? 俺もさ、おかしな日もあるもんだって、さ』


タエの心にあったわずかな細波が、少しずつ荒れ狂う嵐に変わる、そんな予感があった。


『もしも、ウチの人来たら電話入れるように言ってもらえますか?』

『おお、いいけどよ。何かあったんかな?』

『まだ帰って来ないんです。この時間とっくに帰ってきてる時間なのに…』


話もそこそこに、タエは電話を切った。

料亭の従業員もちらほら出てきていたので、事情を話す。


『私、ちょっと探してきます…』


そう言って店を出ようとした時だった。

電話が鳴った。

なんだか、不吉な音に聞こえて仕方がない。


━━ 警察!? 電話口から確かに警察と聞こえた


◼️ 別れ


私、何してた?

ここどこだろう?

繁晴さん、早く帰って来ないかしら。


『タエさん、気持ちをしっかりな…』


タエの肩に置かれる手。

魚屋の大将だった。


『え? 大将、どうしたの?』

『タエさん…何も覚えてないのか? まあ無理もないな。落ち着いたら、ゆっくりするといい』


タエの心は壊れかけていた。

何も信じられない。実感がない。

だって、繁晴さんは帰って来るはずだもの…


『早朝帰りのトラックの居眠り運転が原因でして…』


突然、警察の話しが蘇ってくる。

そうなの?

本当に?

不思議と涙は出なかった。それは帰ってくるという、確信、いや執着と言った方がよいだろうか。

その思いだけがタエを支えていた。


━━ 繁晴さん帰って来るから、私がしっかりしないと


葬儀を終え、周囲の反対を押し切ってすぐに店に出る。

繁晴さんが帰ってくるまでお店守らないと。

その気持ちだけで動いている。

周りもその事を言うのはやめていた。


朝から深夜まで、一心不乱に働く。しかし、調理師免許はあるにしても、板前ではないのだ。

その事も影響してか、客足は徐々に落ち行く。


それでもボロボロになりながらも、働き続けていた。


売り上げが立たなくなり、従業員も一人、また一人と辞めて行く。

やがて、資金も底をつき、開業の借入返済もままならなくなった。

今度は金策に駆け回るタエ。

だか、先行きの知れた料亭経営から、資金援助は全て断られた。


この頃なると、繁晴が帰ってくるということも、無くなったんだと、思い知らされていた。


━━ 繁晴さん、どうしたらいいの?


いつも繁晴とよく歩いた大きな橋で立ち止まる。

下を見下ろすと、かなりの高さだ。


━━ 繁晴さん、ごめんなさい。わたし…


橋の欄干に手を掛け、足を乗せようとしていた…


『タエさん、バカなことするじゃない』

『あ…』


タエが振り返ると魚屋の大将だった。


『店にいないから、探したよ。そんな事、繁ちゃんが喜ぶとは思わねぇな』

『わたし…』


大将も少し涙ぐんでいる。


『辛かろう。それはわかる。でもな、繁ちゃんのためにも、いや、繁ちゃんの分も生きないと』


━━ ここで初めて、タエは号泣した。今まで溜めていた悲しみを一気に放出するように


その後料亭は売りに出された。

幸い立地はさほど悪くないため、買い手がつた。


ただ、借金は消えずに残ってしまった。


◼️ 赤島倉庫へ


しばらくは寝る間も惜しんで、働き続ける。

睡眠時間は明け方のほんの少し。

ダブルワーク、時にはトリプルワークをしていた。


借金も残り半分くらいまでは減っていた。

やる事もない、寝て、わずかな食事をし、そして働く。

給与を使うこともなく、返済はかなりすすんだ。


早朝の飲食のバイトでの仕込みをしていた時だった。

寸胴鍋に水を入れ、火にかけようとした時だった。

持ち上げたその瞬間から、記憶が無くなっていた。


━━ ここは?どこなの?


タエが目を覚ます。独特な消毒のような匂い。

病院なの?


起き上がって、しばらくぼーっとしていた。


『増山さん、大丈夫ですか?』

『はい、あの、私どうしたんでしょうか?』


巡回なのか、看護師がやってきたのだった。


『後で先生とお話ししましょうね。そこで詳しくお話しはあると思いますが、過労ですね。かなり無理されていたんでしょう?』

『私… 早く借金も返済したくて…』


看護師は体温計を見ながら、ため息をつく。


『増山さん、過労って心筋梗塞になったりもするんですよ。無理し過ぎは本当に良くないですからね』

『…』


タエとしては、あまり生きることに執着はないが、責任は果たさないと、そう思っている。

でも、確かにこんな働き方では行けない、そう気がついた出来事でもあった。


━━ この仕事ならいいかも


入院中はやる事もないため、色々と仕事を探してみた。

とある会社の社員食堂の従業員だった。給与も良く、お昼と夜の提供で、これまでのような深夜までかかる事もないだろう。

料亭の経営や、多くのアルバイトも経験したこともあり、面接後あっさりと採用された。


━━ なんか、最近社食美味しいよね


タエが勤務となってから、そんな口コミが広がっていた。

食堂の主任も、ほんと良い人が来たと満面の笑みだ。

タエとしては、普通に働いて特別な事もしていない。それでこの結果である。


━━ この職場で良かった


そう安心していた矢先だった。


『豚汁つくったの、増山さんよね』

『はい、そうですが…』


食堂の一番の古株である荒川というおばさんが、何やら手を差し出す。


『これ、入ってたわよ!』


手のひらの上に、スチールウールのかけらが載っている。


挿絵(By みてみん)


『私はスチールウールなんて、使ってません。全部確認してますから、何かの間違いでは?』

『は? じゃあこれはなんなのよ? 間違って食べたらあなた、どうなるかわかるでしょ?』


入るはずがない、これはなんだ、と二人の押し問答が始まる。

少し前から、荒川は新参のタエの人気が気に食わなかった感がある。

言動からタエも気がついていた。


この件は、荒川が大騒ぎした結果、一旦主任預かりとなり、タエは一時帰宅を命じられる。


━━ どうなるのかしら?


翌日、恐る恐る出社する。主任に呼ばれたので、話を聞きに行く。


『弱ったな。僕はね、増山さんがそんなミスをするとは思わないんだけどね…』

『どういうことですか?』


苦渋の表情の主任が、困ったなぁと上を見る。

そして、意を決するように話す。


『荒川さんとね、ほかの何人かが、増山さんがスチールウールを使っていた、そう言うんだよね…』

『…』


もう、何を言っても変わらないんだろうと、タエは諦めた。


━━ また私は奪われるの? いったい、主人、仕事場、どこまで奪われればいいの?


『僕としては、残って欲しいんですけど…。問題が何故か本社の人事、総務あたりにも流れてて…』

『…』


荒川がやったんだろうな。もちろん断定は良くない、そう言われるかも知れないが…


『そういう訳でね、赤島倉庫ってところにも食堂があるのでね、そこに行ってもらえる?』


もうどうでも良い。

赤島倉庫がどこか知らないが…

疲れ果てたタエは、甘んじて受け入れることにしたのだった。


━━ ほんとに、ここなの? 崩れそう…


赤島倉庫の第一印象は、酷かった。

だが、疲れ果て、裏切られ、奪われ、そんな末の今なら、厨房と食材がある━━

それだけで構わないと思った。


ほとんど崩れかけた酷い倉庫だったけど、不思議と落ち着いている自分がいた。

誰も邪魔しないし、とても静かに暮らせている。


葉山室長は、何を考えているかわからなかったが、食べ終えてぺこりと頭を下げた。

嫌な感じはしなかった。


タエも誰とも話したくないし、関わりもいらない、そう思っていたから…

だって、私が口を開かなければ、誰にも傷つけられ無いし、裏切らない、そんな癖がついてしまっていた。


ある日の食事の後片付けの時、外山の言葉を思い出していた。


『タエ様、小生こんな美味しいご飯は、初めてでやんす。ありがとうございます。ごちそうさまでした』


はっとした。報われた気がした。

私も繁晴さんも、誰かの『美味しかった』を聞きたくて仕事をしていたのだから。


━━ 繁晴さん、私、あなたの分まで、生きていけそう


自然と穏やかな笑顔が浮かんでいた。


本作品の世界観や設定の補足情報、登場人物についてまとめました。

あれ、これなんだっけ、誰だっけ、そのようなときにご覧ください。


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