それぞれの過去 葉山編
◼️ 葉山の過去
「…」
話すって、黙りこくったままじゃん。 そんなに話しにくいのか?
「葉山、肉でも食うか?」
え、無反応?
「おーし、じゃあ肉串二本でどうだ?」
「…」
そんなにか? だいぶ深刻なのか?
「三本がいい…」
なんだよ、数の問題? まあでも、調子狂うよな。
「じゃあ、あのおじさんのとこ行こうか」
「…うん」
━━ トボトボ歩いて行く二人
「おじさん、串焼き三本ちょうだい。なんかさ、こいつ凹んでるみたいでさ」
「お嬢ちゃん、まってな、とびっきり上手いの出すからさ」
「…ありがと」
しかし、おじさんプロだなぁ。串に刺す、焼く、ひっくり返す、無駄が全くない。 俺も葉山も、おじさんの手元に釘付けだよ。
「はいよ、お待ちどうさん。これ、サービスしとくよ。うちの串食べたら、たちまち元気になるからね」
「おじいちゃん、ありがとう。僕またくるからね」
え、手に五本持ってるな。
「おじさん、これお金」
「三本分でいいよ。お得意さんだからね」
「え、悪いな、また来なきゃな」
さて、行くか…。
え? 葉山さんや、もう二串消えてるんだが。
「おじいちゃんのお肉、最高にゃん!」
「やっぱり、肉は正義なんだな」
一瞬元気になって、また神妙な顔になってんな。
「僕さ、さっきも言った通り、孤児院で育ったんだよね」
◼️ 壮絶な孤児院
━━ 葉山がポツポツ話し出す
『また野良猫が話してら』
『気を付けないと、色んなもの盗まれるぞ』
部屋のベッドに気力なく座る葉山。
投げかけられる言葉も届かない。
目は虚で、何処を見てるのかわからない。
頬はこけて、髪はボサボサ。全く子供らしさもない。
周りに何を言われても、言葉は素通りして行く。 全てを諦めて、期待も、希望も、捨て去った骸。
『野良猫は追い払わないとな』
ビチャっと音がする。 一回ではない、何回も音がする。 葉山の頭、身体、ベッドの上、全てにトマトや生卵が降り注ぐ。
昔はまだ泣き叫ぶ元気もあった。 だが、心を閉ざした少女は、ただ俯いて下を向いていた。
『ちぇっ、つまんないな』
『野良猫がびっくりしないとな』
『庭に出て遊ぼうぜ!』
賑やかな声が遠ざかる。 静かになった時、ようやく葉山がトボトボ歩き出す。
誰にも見つからないように… 辺りをキョロキョロする。うん、誰もいない。
ここは孤児院の裏手にある寂れた森の入り口。 その大きな木の下に、粗末な木箱が置かれている。
━━ ニャア
『元気だった? ニャン太、お腹すいたよね』
葉山は、木箱にかけられた薄汚れた布を外す。
ポケットからボロボロになったクッキーを取り出してみせた。
ニャン太はクッキーに反応して、ペロリと食べる。そしてまた、ニャーと鳴いた。
『ごめんよ、これだけしかないんだよ』
━━ ニャン、ニャー
『心配してくれるの? ニャン太は優しいなぁ』
『うん、そうなんだ、またアイツらにさ…』
ニャン太との会話は楽しかった。虐げられた少女の唯一の慰めだった。
葉山がニャン太と話している、そういう妄想なのか?
でも葉山言う。間違いなく会話できたと。
そう、ニャン太と会話できるという、決定的な出来事があった。
ある日、葉山は珍しく一人森をぶらぶらしていた。戻ればまたイジメに遭うのはわかってたからだ。
何気なしに、靴を蹴っ飛ばす。
靴はシュルシュルと飛び上がり、木の枝に引っ掛かる。
とても登れそうにない。
石を投げてみたり、登ろうとしてみたが、非力な少女にはどちらも無理な事だった。
諦めてトボトボ戻って、ニャン太に話しかけていた。
『ニャン太、靴なくしちゃったよ。僕…しばらく裸足なのかな』
孤児院の職員も、葉山には当たりがキツかったから、葉山はほぼ誰とも口を聞かない。
そんな状態だから、靴を無くした事を報告する気にもなれなかったのだ。
━━ ニャー、ニャニャ
『え? 取ってくれるの? あっちなの!』
葉山が先程の木のところに案内すると、ニャン太はスルスルと木に登ると、靴を咥えてポトリと落とす。
『ニャン太!ありがとにゃ』
━━ ニャンニャン
こんな風に、葉山とニャン太はお互いに慰め合って、静かに暮らしていた。
◼️ 覚醒
そんなある日の事、葉山はいつものようにベッドで虚に座っていた。朝食を終えて、掃除をした後のこの時間が、葉山には苦痛だった。
外に出ることもできないのだ。
『おい!野良猫!お仲間を連れてきたぞ!』
━━ シャーッ!
イジメっ子の手に押さえつけられたニャン太がいた!いつも聴くことのない、威嚇する声。
『やめて!ニャン太が苦しがってる!』
『ギャハハ、聞いたか? 野良猫はやっぱり野良猫の仲間なんだな!?』
一斉に起こる笑い、泣き叫ぶニャン太、絶叫する葉山。子供の悪ふざけなのか?
いや、悪ふざけなどという域を超えた仕打ちと、醜悪な笑みを浮かべた醜悪さが充満している。
━━ ニャー、ニギャー
ニャン太が助けて欲しい、苦しいと訴えている。葉山も、ニャン太に手を伸ばすが、複数の悪ガキに押さえ込まれていた。
そして、もがいていたニャン太は、グッタリとしてしまった。
『ニャン太、ニャン太が…』
『なんですか!騒々しい!』
職員が入ってくる。
その隙に悪ガキを振り払い、ニャン太を取り戻して睨みつける。
『うわぁぁぁぁ!おまえっ!』
葉山のどこにこのような力があったのか?
迸る絶叫は、耳をつんざき、辺りを制圧した!
━━ ニャー、シャーッ
孤児院の外から、辺り一帯そこら中から、猫の鳴き声、威嚇する声が無数に聞こえてきた!
まるで葉山の怒りに呼応するかのように。
『ひぃっ』
孤児院の窓が、ビリビリと揺れた。
それから、窓という窓から猫が見ていた!
ニャン太を捕まえた悪ガキは、恐れ慄き、逃げて行く。
取り巻き達も、待ってくれと逃げ出す。
職員の方も、大丈夫かと、一応葉山に声をかけたが、明らかにお座なりだった。
グッタリしたニャン太は、虫の息だった。
■ 里親
それからというもの、葉山のイジメもなくなったが、誰一人として葉山に近づくものはいなかった。
職員も気味悪がり、必要最低限のことしか話さなかった。
葉山が独り森をぶらつくときは、猫はもちろん鳥や犬などがどこからともなく付いてきた。
誰からも無視をされていたが、葉山はもう独りではなかった。
今日も森に来た葉山は、こんもりとした土の上にポツンと岩がのった場所にいた。
そして手を合わせる。
『ニャン太、ごはん持ってきたよ』
あの日以降、すっかり弱り切ったニャン太は、起き上がることもなく息を引き取った。
外に出れば、他の犬や猫が寄ってきたが、ニャン太がいない悲しさは消えなかった。
『葉山さん、ちょっといいかしら』
とある日の午後、職員がやってきた。
応接室に連れていかれた葉山のまえには、老夫婦がいた。
二人ともに皺に刻まれた柔和な笑みを浮かべている。
『レイちゃんというんか? 寂しくないかえ?』
おばあちゃんの話に、おじいさんのほうは、笑顔でうなずくだけだった。
『…』
葉山は無言でうなずく。
葉山はすでに誰とも口を利かないことが日常なのだった。
『どうだい、うちに一緒にくるかえ?』
『…』
葉山は一瞬考えた。最近、森をうろつくことで大半の時間を過ごしている。
それはこの孤児院にいることに耐えられないからだった。
葉山は無言でうなずいていた。
それから、部屋に戻るように言われた。
特に何も言われず、どうなるのかもわからない状態だったが、二日後に例の老婦人が迎えにきたのだった。
── ここまで話し終えてた葉山は笑顔で言った
「僕さ、今すごく楽しいんだよね」
やっと笑ったな。まあ、そういう人生、キツイだろうな。
「今が楽しけりゃ、そりゃ良かった。で、その後は?」
「旅館に引き取られて、あ、赤島倉庫ね。ほんとは僕に旅館を継いで欲しいって事だったんだけど、僕は本当に誰とも話せなくて」
葉山、ほんと辛そうだな。
「僕もね、おじいちゃんとおばあちゃんには、ありがとうって、そう言いたかったけど。怖くて部屋から出られなくて…」
葉山の足元にポタポタと涙が落ちる。
「おじいちゃんとおばあちゃんは、優しいって、いじめたりしないって、ちゃんとわかってたよ。でも、どうしても部屋を出られなくて…だから、だから…」
そんだけ寄ってたかってイジメられりゃ、トラウマにもなるよな。
「わかった、葉山、もういいよ。帰ろうぜ」




