イストリア建国秘話 ハルアットの苦悩
◼️ ハルアットの苦悩
━━ ここは、ハルアットの部屋か。
いつのまに?部屋に戻ってるんだな。
長い映画?直接の記憶?
とにかく、圧倒的なリアルさと情報量に目が眩んだぞ。クラクラする。
「ここから先はな、ちと血生臭いところもあるで、覚悟してくれ」
多分、ハルアット自身が辛いんじゃないか?
「わかった、見せてくれ」
━━ ハルアットの手を再度握りしめる。
それからは、冒険者としても、家族生活としても順調極まりない日々だったようだ。
ところが、あの日──
「ルクルストも十四歳、立派になったなぁ」
「あなたに似て、とても賢くて、勇気がある」
二人とも、満ち足りた穏やかな笑みを見せている。
「ハルアット、私はとても良い人生だったと思ってる」
「え?」
まだまだこれからじゃないのか?
ハルアットも戸惑っている。
「いいか、落ち着いて聞いて欲しい。明日、私はこの世から消えるだろう」
「さっきから何言ってるのよ?」
「これは避けられない縁なんだよ」
ハルアットは信じられないという表情で、言葉を探している。
「あなた、たまにおかしな事いうわよね。本当に」
ハルアットの記憶を見たからわかる。
要所要所で、突飛とも言える発言の数々。
たとえば、唐突に道を変えようと言った。
直後、岩山が崩れたことを後から知った。
とても良い依頼を受けようとした。
だが、ユウノシンは引き留めた。
その依頼は偽の依頼だった。
こんな事がたまに起きるので、ある時に聞いたのだが──
「私は勘が鋭いんだ…」
いつも決まって、笑って流されるのだ。
「ハルアット。これまで黙っていて悪かった。私にはとあるスキルがあるんだ」
「え?」
「全てでは無いが、未来の事、秘められた事、そう言ったものを見通せるのだ。これを話してしまうと、色々なものに利用される恐れがあるんでな。黙っていたのだ」
どういう事だ?そんなスキルあるのか?
俺はますます引き込まれていった。
「そうなのね。なんとなくわかってたわよ。だって、いろんな事あったけど、私たち誰一人欠けることなく生き延びてる」
「そうだな、だからこそ、オリハルコンまで到達できた」
ハルアットがため息をつく。
とてつもなく不安が膨らんでいるのが見て取れる。
「それで?だからなんなの?」
「明日お前は旅に出るのだ。息子は私の信頼できる人に預ける」
「そんな、急すぎる!」
「ダメなんだ、ハルアット。私が愛する、お前も息子も、この心血を注いだこの国も、失う訳に行かないんだ」
沈黙が痛いくらいだ。
ハルアットもユウノシンも、無言で見つめあっている。
ハルアットの頬に涙が伝う。
「あなたが一度決めたら、もう、何があっても変わらないわよね?」
「ああ、言うことを聞いてくれると助かる」
「でもね、大切な人が明日消えてしまう、そんな事聞かされて、黙って従える人なんていないのよ?」
「本当に済まないと思う。でも、これしかないんだ。お前がいない未来などあってはならない。私はその礎となるのだ」
ハルアットの涙が止めどなく溢れ出す。
「私も一緒に行くわよ!」
「ルクルストはどうするのだ。もっと冷静になれ」
そういうと、ユウノシンは静かにハルアットを抱き寄せる。
「すまん…許せ」
ん?どうした?
ことりと崩れ落ちるハルアット。
ユウノシンがそっと仰向けに寝かせる。
何かしらの術?薬?
よくわからないが、ハルアットは眠りに落ちたようだ。
「指輪の継承者よ、見ておるのだろう?」
ん?どういうことだ?誰に言っている?
「お主だよ、そこにおるのであろう?」
え、ユウノシンは真っ直ぐと俺を指差している。
これは記憶ではないのか?
ちょっと待て、ユウノシンの指輪は、今俺の指のものと同じ!?
「きっと、お主はこう思っているのだろう?これは記憶なのだと、俺は見えていないのだ、と」
え?どういうことだ?
俺は思わず振り返ってみる。
だが、後ろには誰もいない。
見えているというのか?
「まあ、そういう意味では、私も見えているわけではない。私の“見通す物”の力が、お主を捉えておる」
「あんた、日本人なのか?」
沈黙。
こちらを認識しているのだろう?
なぜ何も答えない?
「だがな、いたとしても、私にはお主がそこで聞いている、ということを知覚しているだけなのだ。すまんな」
確かに、触れようとしてみたが、こちらから触る事は出来なかった。
これはやはり記憶なのだ。
「時間がないから、とにかく伝える。これより三百年後、この国が滅びる」
ユウノシンが、考えこみ、言葉を選んでいるのがわかる。
「いや、滅びるのを感じた、というほうが正確だな。それは、何もしなければ、という意味だ。だから、ハルアットに未来を託した。見守るものよ、どうか、ハルアット、いやこの国の全てを助けて欲しい」
どういう事なんだ?訳わからないぞ。
俺はそんな大層な者じゃない。
ユウノシンはハルアットを愛おしげに触れると、立ち上がり、そして部屋を出た。
頭がクラクラしていた。
先程からずっとハルアットの記憶に入り込んでいるからなのか?
そして、何かに吸い込まれたような気がした。
◼️ ハルアットの部屋
どうやら引き戻されたらしいな。
「なんて事だ、ワシも知らぬ記憶が…」
「どうしたんだ?」
ハルアット、動揺してるな。
「あの時、ワシは寝ておった。おそらく薬でも嗅がされたんじゃろう。酷く呪ったわ。なぜ、ワシを一人置いていったのか?」
これは、親でなくても、恋人が居なくても、絶対わかる気持ちだな。
「もちろん、ユウノシンが息子を、国を託したのもわかっておる。誰かが背負わなければならんこともな」
ハルアット…俺には何が言える?
何を言ったとしても、きっと虚しいだけだろう。
「何が悲しいかわかるか? もう涙すら流れんのじゃ。ワシの涙は三百年という時に吸い込まれた」
ハルアット?立ち上がり、棚をゴソゴソし出した。
そして、テーブルに投げ出される木の板。
「これがの、残されておった」
「読んでも?」
「うむ、お主にも関係あることじゃしな」
木の板に目を通す──
イストリアの滅亡は今日より三百年後。鍵は他の世界からの戦士たち
スキルはもう私には不要なもの。剥離の儀によって、見通す物をハルアットに贈る
アフテンスラットへ行け。時の牢獄にて必要な物が見つかるはず
ユウノシンの気迫か、情熱か、刻まれた文字から伝わってくる。
━━ 声が聞こえる。誰の声だ?
わからない。
だが、確かに俺の中の心の奥底にある、何か悲しいもの…それと同期している?
そして、これは…!?
終わりの始まり
え、これって、日本語じゃん。
最後の行だ。ハルアット、読めてないだろうな。
という事は、多分俺だけに向けられた言葉?
何を伝えたいんだ?ユウノシンさんよ。
◼️ そして伝説へ
「この後、言葉通りユウノシンは消えた。散々探したがの。見つからんじゃった」
「それで?」
「諦めきれんかった…じゃがな、ある日城に呼ばれての。そして…」
ハルアット…
かなりの気持ちを奮い立たせるって感じだ。
できれば、聞きたくないよ。俺は耳を塞ぎたい。
「国王が、心して見よ、そう言ってな。箱を出すのじゃ。ワシは見たくなかった。じゃが…仕方なく蓋を開けると、ユウノシンの虚な目がこちらを見ておった」
つまり、そういう事か…。
「王がいうには、ウェスガルガンの商人が運んで来たというんじゃ。じゃが、ワシの耳には何も入らん。気がつけば、走り出しておった」
こんな経験なんて、誰もしたくないよな。
「城門を出ようとした時、バストールに止められたんじゃ」
『ユウノシンの仇とるぞ。お前さん一人で行かせねぇよ』
『そうだよ、姉御。あたいも行くんだからね』
「それからじゃ、正に地獄のようなダンジョンめぐりよ。その中でも “時の牢獄” は苛烈じゃった。朝まで語っても時間が足りんじゃろう。戻った時には、ワシとバストールのみじゃった。バストールは片目も失ってな」
それで二人だけになったんだな。
「“時の牢獄”でな、ラーリニアが命を賭して我らを守ってくれた。そのおかげでワシとバストールは三百年の命を永らえたんじゃ」
なんだろう、俺なんかが太刀打ちできる世界なのか?
「そんな訳で、我ら生き残りは、レジェンドランクになった、という訳じゃ。虚しいだけじゃな。仇も取れず、メンバーも二人だけになってしもうた」
特に喜びや嬉しさも感じられない。
レジェンドだろうが、なんだろうが、割に合わないよな。
「あー、それからな、お主の指輪は、ユウノシンが身につけておったものと瓜二つじゃな。首が届いた日以降も、見つかることは無かった」
ユウノシン…
きっとこうなる事がわかっていたんだろ?
自分の終わりは、始まりなんだと。




