第418話:携行食料製造機⑩
【今日の夕飯は……】
外壁の向こうでは、小さな隕石が時折ぶつかる鈍い衝撃が伝わって来ていた。
ユナたちがいる部屋の中は、相変わらず安定した温度に保たれており、ここが戦場で忘れるくらい安全な場所だった。
警備アンドロイドは、重たい足音を響かせながら持ち込んだ箱は、机の上に静かに置かれ、ユナの目が一瞬、輝いた。彼女はソファーから勢いよく立ち上がり、箱に近づいた。彼女の心の中は、すでに『新しいフレーバーへの期待』でいっぱいになっていた。
先ほどの会談では、レイナと順調に話し合いが出来たこともあり、食料の改善という希望に素直に飛びついていた。
「わあ……! 夕飯だ! どんな味かな……?」
呟いたその声には、期待と不安が入り混じり、その思いが、無意識に込められていた。
ゆっくりと蓋を開けると、中に並んでいたのは……。
「……あれっ?」
思わず漏れた声。
そこにあったのは、見慣れた銀色の包みに"チーズフレーバー"と黒文字で書かれ、それが、整然と4本、並んでいるだけだった。
中身はすべて「チーズフレーバー」の携行食料だった。期待していたピンク色の文字で「ストロベリー味」と書かれた包みは、どこにもなかった。
ユナの肩が、わずかに落ちた。
「……何で……」
期待していた、ストロベリーでも、チョコレートでもない。
ただの、いつもの味。
「会談……成功したのに……」
ぽつりと零れたその言葉は、決して大きくはなかったが、部屋の静けさの中でははっきりと響いた。
ユナは諦めきれないように箱の中を探る。何かの間違いではないかと、縋るように。
すると……。
「あれ……?」
一枚の紙が、指先に触れた。
取り出すとそこには、手書きの文字。
「……ユナへ」
その一文を見た瞬間、ユナの表情が引き締まった。
ゆっくりと、読み始める。
〜ユナへ〜
先ほども言いましたが、貴方は戦場の辛さを、まだわかっていないようです。
新しいフレーバーは貴方の事を思って提供しましたが、まだまだ貴方には早かったのかもしれませんね。
夕飯には、この基地で一番多く食べられた"チーズフレーバー"の携行食料を提供します。
この基地の兵の気持ちになって味わってください。なお、食べられるだけでも幸せと思いなさい!
このチーズバーですら、最前線では取り合いになった位ですよ。
最後の一文を読み終えた時。ユナの手が、わずかに震えた。
そして……。ゆっくりと、その紙を下ろした。
視線は、箱の中のチーズバーへ。
先ほどまで感じていた“飽き”や“不満”は、どこにもなかった。
「……そっか……」
小さな声。
だが、それはどこか、納得したような響きを帯びていた。
ユナは一本のバーを手に取り、しばらく見つめる。その銀色の包みの向こうに、ここで戦っていた者たちの時間を感じるように。
「……これが……みんなの大切なご飯だったんだ……」
その声は、さっきまでとはまるで違っていた。
軽さが消え、重みがあった。
パルパーは静かに口を開いた。
「理解されたようですね」
ユナは、小さく頷いた。
「うん……」
そして、少し苦笑する。
「私、贅沢を言いすぎてたかも……」
その言葉に、自己嫌悪はあったが、同時に前を向こうとする意志もあった。
パルパーは淡々と、しかしどこか柔らかく言った。
「ユナの反応は、一般的な人間として自然なものです」
「フォローしてくれてる?」
「事実を述べています」
その返答に、ユナは小さく笑った。
だがその笑顔は、どこか大人びていた。
「でも……レイナさん、ちゃんと見てるんだね」
「はい。上官が部下を教育するような意図が明確です」
「……厳しいなぁ」
そう言いながらも、ユナはバーの包装を開いた。
口に運び、一口、噛む。それはいつもの味であり、変わらない、単調なチーズフレーバー。
だったが――
「……うん」
今度は、ゆっくりと噛みしめた。
「ちゃんと食べるよ」
その言葉には、決意があった。
「これを食べて、戦ってた人たちがいたんだもんね」
パルパーは、その様子を静かに見つめていた。
内部では、無数の思考が巡っていたが、その結論は、一つだった。
――成長している。
ユナはもう一口、食べる。
そして、少しだけ顔をしかめた後、苦笑した。
「……やっぱり味は単調だけど」
だがすぐに、表情を引き締める。
「でも、ちゃんと食べる」
その姿は、ほんの少しだけ、戦場に立つ者の顔になっていた。
パルパーは静かに頷く。
「それでこそです、ユナ」
外では、また小さな衝撃音が響いた。
だが、部屋の中は静かだった。
そしてその静けさの中で、ユナは、ゆっくりと、確かに成長していた。




