第419話:新たな試練の幕開け
【平穏な日々だったはず……】
閉鎖された長距離監視基地に、静かな時間が流れていた。
ユナたちに提供されている司令室脇の小部屋。温度は安定し、空調も正常。最低限とはいえ、生命維持環境としては十分だった。だが、その“安定”が続くと、ユナにとっては妙に落ち着かなかった。
机の上には、空になったチーズフレーバーの包装。もう何本目か、数えるのもやめていた。
ユナはソファーの背もたれにだらしなく身体を預け、天井を見上げながら深いため息を吐いた。
「……なんて暇なんでしょう」
ぼそり、と零れる。
「平和なのは良い事なんだけど、こうもやることがないとね……」
戦場では、暇を願ったことなど数え切れないほどあった。だが実際に“何も起きない時間”が続くと、人間は妙な不安を覚えるものだった。
パルパーは、椅子に座ったまま静かに答えた。
「そう悲観することはないですよ」
その声は、いつも通り落ち着いている。
「レイナと敵対しない限り、衣食住が保証されているんですからね」
「うーん……」
ユナは頬を膨らませた。
「それはそうなんだけどさー」
足をぶらぶらと揺らしながら、不満そうに続ける。
「何ていうか……こう、毎日同じチーズバー食べて、何もせず、隕石が落ちる音だけ聞いてると、自分が漂流してること忘れそうになるんだよね」
パルパーは少し考える素振りを見せた。
「人間は“変化”を求める生物ですから」
「パルパー、それ絶対、私を研究対象みたいに見てるでしょ」
「否定はしません」
「しないんだ……」
ユナは苦笑した。
その時だった。
――ドゴォォンッ!!
基地全体を揺るがす凄まじい衝撃。
「きゃあっ!?」
ユナは反射的にソファーから転げ落ちそうになった。
照明が一瞬で消え、暗闇が部屋を包み込む……。
重たい軋み音が鳴り、どこか遠くで警報が鳴りかけ――数秒後、非常電源が復帰した。
照明が点滅しながら戻る。
ユナは胸を押さえていた。
「な、なに今の……!」
パルパーも即座に周囲をスキャンしていた。
「衝撃規模、大。小型隕石ではありません」
しばらくすると、部屋の扉が勢いよく開き、レイナが入ってきた。
いつもの冷静さはある。だが、その表情にはわずかな焦りが浮かんでいた。
「ユナ、パルパー。少し不味い事になった」
ユナは立ち上がる。
「レイナさん!」
レイナは腕を組みながら説明を始めた。
「先ほどの衝撃は知っていると思うが、かなり大きめの隕石が直撃した」
その声音は低い。
「そして、廃棄されていた一区画が完全に破壊された」
ユナは首を傾げた。
「でも……廃棄された部屋なら、問題ないんじゃ……?」
レイナはすぐに首を横に振った。
「問題はそこじゃない」
そして、司令官らしい鋭い目で二人を見る。
「破壊された区画の脇を通っていた、空調換気システム用の光ファイバー線が断裂した」
その言葉を聞き、パルパーの瞳の光がわずかに強くなった。
「……空調統合制御系統」
「そうだ」
レイナは短く頷く。
「今すぐ全停止するわけじゃない。だが、制御信号が徐々に途絶える。遅かれ早かれ、この区画の温度制御も死ぬだろう」
ユナの表情が曇った。
再び、氷点下になるかも知れない。そして、凍える通路の寒さ。
思い出すだけで身体が震えそうだった。
【レイナからの試練】
パルパーはすぐに質問した。
「修理は可能ですか?」
「可能だ」
レイナは即答した。
「だが、危険区域だ。瓦礫も多い。与圧も不安定。人手もない」
そこで、一度言葉を切った。
そして――
「そこでだ。貴官らに修理を依頼したい」
ユナは目を瞬かせた。
「わ、私たちに?」
「もちろん、ただ働きはさせん」
レイナは少し口元を緩めた。
「成功報酬を用意する」
ユナがごくりと喉を鳴らす。
「成功報酬……?」
「ユナの好きなフレーバーの永久提供」
一瞬、ユナの瞳が輝いたが、次の言葉で、その空気が変わる。
「そして――最後に残された脱出艇を提供する」
部屋の空気が止まったかのようだった。
ユナの表情が、一気に真剣になる。
「……脱出艇……」
レイナは静かに頷く。
「ああ」
ユナは少し俯いた。
頭の中で、“ストロベリー味”と“脱出”が並んでいたが――。すぐに首を横に振った。
「……新しいフレーバーも嬉しいです。でも」
そして、レイナを真っ直ぐ見た。
「脱出艇の方を希望します!」
その返答に、レイナは、ほんのわずか目を見開いた。そして――静かに笑った。
「……ユナ」
その声音には、以前よりも柔らかさがあった。
「成長したな」
ユナは少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「えへへ……」
レイナは続けた。
「これなら、“ヴァルキリア”を任せられる」
「ヴァルキリア……?」
「この基地に残された最後の脱出艇の名前だ」
その名前を聞いた瞬間、ユナの胸が高鳴った。
だが、レイナの表情が再び厳しくなる。
「ただし」
司令官の声だった。
「隕石帯を潜り抜ける危険は変わらん」
ユナの顔から笑みが消える。
パルパーも静かに頷いた。
「つまり、修理成功後も脱出成功率は不確定」
「その通りだ」
レイナは真正面から答えた。
「だが、何もしなければ、この基地は徐々に死ぬ」
静寂がその場を支配し、遠くで、また小さな衝撃音が響いた。
この基地は、今も宇宙の瓦礫の中に漂っている。
ユナはゆっくり息を吸い、そして立ち上がる。
「……やります」
その声に、迷いはなかった。
「私、やります」
レイナは静かに頷く。
「いい返事だ」
パルパーもまた、ユナを見ていた。
以前なら、まず“フレーバー”に飛びついていただろう。だが、今のユナは違う、生きるために必要なものを、理解し始めていた。
レイナは踵を返しながら言った。
「準備しろ。修理区域は危険だ」
そして振り返る。
「――ここから先は、本当の“戦場”だぞ」
ユナは、その言葉を真正面から受け止めた。
「……はい、レイナ中佐」
その返答は、以前より少しだけ、軍人らしくなっていた。




