表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
模型から始まる転移  作者: 昆布


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

428/428

第419話:新たな試練の幕開け

【平穏な日々だったはず……】

 閉鎖された長距離監視基地に、静かな時間が流れていた。


 ユナたちに提供されている司令室脇の小部屋。温度は安定し、空調も正常。最低限とはいえ、生命維持環境としては十分だった。だが、その“安定”が続くと、ユナにとっては妙に落ち着かなかった。


 机の上には、空になったチーズフレーバーの包装。もう何本目か、数えるのもやめていた。


 ユナはソファーの背もたれにだらしなく身体を預け、天井を見上げながら深いため息を吐いた。

「……なんて暇なんでしょう」


 ぼそり、と零れる。

「平和なのは良い事なんだけど、こうもやることがないとね……」


 戦場では、暇を願ったことなど数え切れないほどあった。だが実際に“何も起きない時間”が続くと、人間は妙な不安を覚えるものだった。


 パルパーは、椅子に座ったまま静かに答えた。

「そう悲観することはないですよ」


 その声は、いつも通り落ち着いている。

「レイナと敵対しない限り、衣食住が保証されているんですからね」


「うーん……」

 ユナは頬を膨らませた。


「それはそうなんだけどさー」

 足をぶらぶらと揺らしながら、不満そうに続ける。


「何ていうか……こう、毎日同じチーズバー食べて、何もせず、隕石が落ちる音だけ聞いてると、自分が漂流してること忘れそうになるんだよね」


 パルパーは少し考える素振りを見せた。

「人間は“変化”を求める生物ですから」

「パルパー、それ絶対、私を研究対象みたいに見てるでしょ」


「否定はしません」

「しないんだ……」

 ユナは苦笑した。


 その時だった。

 ――ドゴォォンッ!!

 基地全体を揺るがす凄まじい衝撃。


「きゃあっ!?」

 ユナは反射的にソファーから転げ落ちそうになった。


 照明が一瞬で消え、暗闇が部屋を包み込む……。

 重たい軋み音が鳴り、どこか遠くで警報が鳴りかけ――数秒後、非常電源が復帰した。


 照明が点滅しながら戻る。

 ユナは胸を押さえていた。

「な、なに今の……!」


 パルパーも即座に周囲をスキャンしていた。

「衝撃規模、大。小型隕石ではありません」


 しばらくすると、部屋の扉が勢いよく開き、レイナが入ってきた。

 いつもの冷静さはある。だが、その表情にはわずかな焦りが浮かんでいた。

「ユナ、パルパー。少し不味い事になった」


 ユナは立ち上がる。

「レイナさん!」


 レイナは腕を組みながら説明を始めた。

「先ほどの衝撃は知っていると思うが、かなり大きめの隕石が直撃した」


 その声音は低い。

「そして、廃棄されていた一区画が完全に破壊された」


 ユナは首を傾げた。

「でも……廃棄された部屋なら、問題ないんじゃ……?」


 レイナはすぐに首を横に振った。

「問題はそこじゃない」


 そして、司令官らしい鋭い目で二人を見る。

「破壊された区画の脇を通っていた、空調換気システム用の光ファイバー線が断裂した」


 その言葉を聞き、パルパーの瞳の光がわずかに強くなった。

「……空調統合制御系統」

「そうだ」

 レイナは短く頷く。


「今すぐ全停止するわけじゃない。だが、制御信号が徐々に途絶える。遅かれ早かれ、この区画の温度制御も死ぬだろう」


 ユナの表情が曇った。

 再び、氷点下になるかも知れない。そして、凍える通路の寒さ。

 思い出すだけで身体が震えそうだった。


【レイナからの試練】

 パルパーはすぐに質問した。

「修理は可能ですか?」

「可能だ」

 レイナは即答した。


「だが、危険区域だ。瓦礫も多い。与圧も不安定。人手もない」


 そこで、一度言葉を切った。

 そして――

「そこでだ。貴官らに修理を依頼したい」


 ユナは目を瞬かせた。

「わ、私たちに?」

「もちろん、ただ働きはさせん」


 レイナは少し口元を緩めた。

「成功報酬を用意する」


 ユナがごくりと喉を鳴らす。

「成功報酬……?」

「ユナの好きなフレーバーの永久提供」


 一瞬、ユナの瞳が輝いたが、次の言葉で、その空気が変わる。

「そして――最後に残された脱出艇を提供する」


 部屋の空気が止まったかのようだった。

 ユナの表情が、一気に真剣になる。

「……脱出艇……」


 レイナは静かに頷く。

「ああ」 


 ユナは少し俯いた。

 頭の中で、“ストロベリー味”と“脱出”が並んでいたが――。すぐに首を横に振った。

「……新しいフレーバーも嬉しいです。でも」


 そして、レイナを真っ直ぐ見た。

「脱出艇の方を希望します!」


 その返答に、レイナは、ほんのわずか目を見開いた。そして――静かに笑った。

「……ユナ」


 その声音には、以前よりも柔らかさがあった。

「成長したな」


 ユナは少し照れ臭そうに頭を掻いた。

「えへへ……」


 レイナは続けた。

「これなら、“ヴァルキリア”を任せられる」

「ヴァルキリア……?」

「この基地に残された最後の脱出艇の名前だ」


 その名前を聞いた瞬間、ユナの胸が高鳴った。

 だが、レイナの表情が再び厳しくなる。

「ただし」

 司令官の声だった。


「隕石帯を潜り抜ける危険は変わらん」

 ユナの顔から笑みが消える。


 パルパーも静かに頷いた。

「つまり、修理成功後も脱出成功率は不確定」

「その通りだ」

 レイナは真正面から答えた。


「だが、何もしなければ、この基地は徐々に死ぬ」

 静寂がその場を支配し、遠くで、また小さな衝撃音が響いた。


 この基地は、今も宇宙の瓦礫の中に漂っている。

 ユナはゆっくり息を吸い、そして立ち上がる。

「……やります」


 その声に、迷いはなかった。

「私、やります」


 レイナは静かに頷く。

「いい返事だ」


 パルパーもまた、ユナを見ていた。

 以前なら、まず“フレーバー”に飛びついていただろう。だが、今のユナは違う、生きるために必要なものを、理解し始めていた。


 レイナは踵を返しながら言った。

「準備しろ。修理区域は危険だ」


 そして振り返る。

「――ここから先は、本当の“戦場”だぞ」


 ユナは、その言葉を真正面から受け止めた。

「……はい、レイナ中佐」


 その返答は、以前より少しだけ、軍人らしくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ