第417話:携行食料製造機⑨
【成功した会談】
司令室の扉が閉まったとき、ユナはようやく大きく息を吐いた。胸の奥に張りついていた緊張が、ゆっくりとほどけていく。
『……やった』
声には出さなかったが、その一言だけが、はっきりと心の中に浮かんだ。
警備アンドロイドが無言で歩き出す。ユナはその後ろをついていった。来たときと同じ通路だが、見える景色はどこか違っていた。
彼女の足取りは、先ほどより明らかに軽やかだった。レイナ中佐との二度目の会談は、緊張に満ちながらも、ユナの誠実な反省と決意が通じたようだった。彼女は失敗を素直に認め、次に活かすことを即座に選択していた。胸の奥では、まだ緊張の余韻が残っていたが、それ以上に『ちゃんとやり直せた』という安堵と達成感が広がっていた。
瓦礫は相変わらず散乱し、壁は焼け焦げ、冷たい空気が漂っている。途中、小さな破片に靴先が触れ、カラン、と乾いた音が響く。
だが、今度は躓かなかった。
しっかりと足元を見て、歩いている。
『周りを見る……ちゃんと、できてる私』
ほんの少しだけ、誇らしい気持ちが芽生える。
やがて、小部屋の前に到着する。
警備アンドロイドが扉を開け、無機質に一歩下がる。
ユナは一瞬だけ深呼吸をして――
「ただいま」と一言。
明るい声で、部屋へ入った。
中では、パルパーが静かに立っていた。
パルパーは微笑みを崩さず、静かに答えた。彼の声はいつも通り淡々と、しかしユナを包み込むような優しさに満ちていた。
「おかえりなさい、ユナ」
その反応に、ユナは少しだけ首を傾げた。
「……ねぇ、何も聞かないの?」
パルパーは肩をわずかにすくめる。
「必要ありません」
パルパーは静かに頷き、ユナの目を見つめたまま答えた。彼は、ユナの精神状態を正確に読み取り、言葉を慎重に選んでいた。
「ユナの顔を見れば、わかりますよ。成功したんですね」
ユナは一瞬ぽかんとしたあと、口を尖らせた。
「えー。ちゃんと平静を装ったつもりなんだけどなー」
パルパーは即座に返す。
「わかりますよ」
そして、少しだけ間を置いて続けた。
「もし失敗していたら、下を向いて入室し、その際に高確率で躓きますから」
その言葉に、ユナはぴくっと反応した。
「ちょっと!? 私そんなにドジじゃないもん!」
ぷくっと頬を膨らませる。
だが、次の瞬間には自分でも可笑しくなったのか、くすっと笑った。
「……まぁ、ちょっとはあるかもしれないけど」
パルパーもわずかに口元を緩めた。
「ユナの行動パターンは、我々AIでなくとも、普通の人間でも予測可能です」
「それ、褒めてないよね!?」
ユナは抗議するが、声には笑いが混じっている。
「私がわかりやすいって言いたいの? 失礼ねっ」
軽く腕を組んで見せる。
だがその空気は、どこか温かかった。
さっきまでの張り詰めた緊張とは、まるで違ったう。
――そのとき。
「ぐぅ……」
静かな部屋に、はっきりとした音が響いた。
ユナの動きが止まりゆっくりと、自分のお腹を見る。
そして――
「……聞こえた?」
顔が、みるみる赤くなっていく。
パルパーは即座に答えた。
「はい」
無駄に正直だった。
「生理的な現象です。問題ありません」
「問題あるよ! 恥ずかしいんだけど!」
ユナは両手で顔を隠した。
だがすぐに諦めたように肩を落とす。
「……ちょっと、お腹空いたなー」
ぽりぽりと頬をかきながら、照れ隠しのように呟く。
パルパーは手元のスマートウォッチに視線を落とした。
「現在、帝国標準時で19時になるところです」
淡々とした分析。
「昼食から約五時間経過しています。加えて、レイナとの会談による精神的負荷も考慮すると、空腹は自然な反応です」
ユナは感心したように頷いた。
「そう言われると、なんか納得しちゃうのが悔しい……」
そして、少しだけ目を輝かせる。
「ねぇ、夕飯のフレーバーは何かな」
さっきまでの反省はどこへやら、すっかり食事モードである。
パルパーは内心でわずかに思考を巡らせた。
『……精神的に回復している。さすがユナだな』
精神状態は安定。
体力も回復傾向。
――問題なし。
その瞬間だった。
コンコン。
規則正しいノック音が、扉の向こうから響いた。
ユナはすぐに顔を上げる。
「はーい!」
明るく返事をすると、扉がゆっくりと開いた。
そこには、警備アンドロイドが立っていて、小さな箱を抱えて入ってきた。彼は機械的な動きで箱を机の上に置き、抑揚のない声で伝えた。
「レイナ様からの提供だ」
ユナの目が、きらりと輝いた。
『……来た』
期待と空腹と、ほんの少しの不安。
そのすべてが入り混じった視線が、箱へと向けられる。
ユナの目が輝いた。彼女は箱に近づきながら、期待を隠せない声で言った。
「また新しい味かな……? ワクワクする!」
パルパーはユナの様子を見て、静かに微笑んだ。彼の胸には、ユナの笑顔が戻ったことへの安堵と、彼女の健康を気遣う献身的な想いが広がっていた。




