第416話:携行食料製造機⑧
【独り行く道】
暗く冷たい小惑星基地の司令室へ、ユナは警備アンドロイドの案内で再び足を運んでいた。
通路は相変わらず瓦礫が散乱し、歩きにくかった。ユナは先ほどの失敗を胸に刻み、足元に集中しようと努めていたが、つい考え事を始めてしまい、崩れたコンクリート片に足を引っかけて危うく転びかけた。彼女は慌ててバランスを保ち、小さく息を吐き即座に自分を戒めていた。
ユナは警備アンドロイドの背中を追いながら、一歩一歩、慎重に足を運んでいた。
『今度は、失敗しない』
胸の奥で、何度もその言葉を繰り返す。
だが――
「っ!」
不意に足元が崩れた。
瓦礫の一部に靴先を引っ掛け、身体が前のめりになる。
とっさに壁に手をつき、なんとか転倒は免れた。
「……はぁ……」
小さく息を吐く。
そして、すぐに自分へ言い聞かせるように呟いた。
『まただ……考えすぎてる』
視線を足元へ落とすと、砕けた金属片、焼け焦げた床、戦闘の痕跡。ここは“安全な場所”ではなく、戦場だ。
「……よし」
ユナは軽く頬を叩いた。
視線を上げ、前を見ると、警備アンドロイドは何も言わず、ただ進み続けている。
その背を追いながら、ユナは今度こそ“周囲”を意識して歩き出した。
やがて、重厚な扉が目の前に現れる。
警備アンドロイドが無機質に操作を行い、扉が静かに開いた。
司令室の重厚な扉の前に着くと、警備アンドロイドが無言で扉を開けた。ユナは一瞬、息を止め、部屋の中へ足を踏み入れた。
レイナ中佐は、先ほどと同じ司令官用の椅子に腰掛け、厳しい目でこちらを見つめていた。古びた軍服を着た長身の女性型アンドロイドは、冷徹さの中に、微かな人間らしい深みを持った視線をユナに向けていた。
ユナは緊張で喉がからからになりながらも、背筋をピンと伸ばして報告した。声は少し震えていたが、計算高い彼女は言葉を慎重に選び、誠実さを込めていた。
ユナは一歩進み、背筋を伸ばす。
「レイナ中佐、ユナ上等兵曹、到着しました!」
声はわずかに緊張していたが、はっきりと響いた。
レイナは一瞬だけ目を細め、そして、短く言った。
「……まずは座れ」
簡潔な命令を受け、ユナはすぐに応じた。
「ありがとうございます」
丁寧に一礼し、椅子へと腰を下ろす。
ゆっくりと、慎重に。
その一連の動作を、レイナはじっと観察していた。
沈黙がその場を支配する。
数秒――いや、ユナにとってはもっと長く感じられた。
やがてレイナが口を開いた。
「改めて呼び出して申し訳思うが……」
その声は、先ほどよりもわずかに柔らかかった。
「貴官と、二人で話したかった」
ユナは小さく頷いたが、視線は逸らさない。
『こんどは逃げない』
そう決めていた。
レイナはその様子を見て、わずかに口元を緩めた。
「……良い顔つきになったな」
ぽつりと、そう言った。
「さっきとは別人のようだ」
一瞬、空気が緩むが、次の瞬間には、再び引き締まる。
「ユナ」
名を呼ばれ、ユナは背筋を伸ばした。
「はい」
「なぜ呼び出されたか、わかるか?」
試すような問い。
だが、もう迷いはなかった。
ユナは、まっすぐレイナを見た。
「はい」
一呼吸置く。
「私は、戦場に立つ軍人として、あるまじき行動を取りました」
言葉を選びながら、しかしはっきりと続ける。
「一つのことに集中しすぎ、周囲を見失いました。このままでは――。いずれ、戦場で散ってしまうかと思います」
レイナの表情は変わらないが、視線は深くなった。
ユナは続けた。
「ですが、今回のことで……気づかされました。戦場で何が大切かを、改めて学びました」
言い終えたとき、胸の奥が少し軽くなった気がした。
レイナは、しばらく何も言わなかった。
ただ、じっとユナを見つめていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……私はな」
その声は、どこか遠くを見ているようだった。
「貴官が嫌いなわけではない」
ユナの肩が、わずかに揺れる。
「だが、さっきのままであるなら――」
言葉が重くなる。
「早かれ遅かれ、貴官は戦場で散ってしまうだろう」
断言であり、予想される冷酷な現実だが、そこに嘘はなかった。
レイナは視線をわずかに上げた。
天井の向こう、過去を見るように。
「私はアンドロイドだ。中枢機能が失われない限り、レイナも言う個体は死なない」
静かな声。
「だがな――」
一拍。
「私の上官は人間だった。一つの失敗を起因として判断を誤り、ほとんどが戦場で散ってしまったよ」
その言葉には、わずかな“感情”が混じっていた。それは記録ではなく、レイナの記憶。
ユナは何も言えなかった。
ただ、その言葉の重みを受け止めるしかなかった。
レイナは再びユナを見る。
その目は、さっきまでよりも少しだけ柔らかかった。
「ユナ」
今度は静かに名を呼ぶ。
「私は、貴官に生きてここを出てもらいたい」
はっきりとした意思。
「だからこそ、強く言った」
ユナの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……それだけは、理解してほしい」
ほんのわずかに。本当にわずかにだけ、レイナの表情が揺らいだ。
ユナは、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
そして、言葉を重ねる。
「レイナさんの思い、受け取りました」
まっすぐな声。
「私は、心を入れ替えます」
その言葉に、レイナはしばらく何も言わなかった。
やがて――。ふっと、小さく笑った。
「……その気持ち、初心を忘れるなよ」
先ほどまでの鋭さが、ほんの少しだけ和らぐ。
空気が、わずかに変わった。
張り詰めていた緊張が、少しだけ解ける。
ユナは、その変化を確かに感じていた。
『……よかった』
心の中で、そっと息をつく。
だが同時に『ここはまだ、戦場だ』
その意識も、しっかりと残っていた。
レイナは椅子にもたれ、腕を組んだ。
「さて……本題に入ろうと思うが……」
ユナはレイナの微笑みに、胸の奥で安堵と感謝の気持ちが広がるのを感じた。計算高い彼女の頭脳は、レイナの言葉を深く刻み込み『今回のチャンスを無駄にしない』という覚悟を新たにしていた。
「今日はもう休め。明日から、本格的に話し合おう」
ユナはもう一度深く頭を下げ、司令室を後にした。背後で扉が閉まる音が響いた瞬間、彼女は小さく息を吐き、壁に寄りかかった。
「レイナさん……ありがとう……。私、ちゃんと頑張るから……」
通路を戻るユナの足取りは、先ほどより少しだけ軽くなっていた。
パルパーが待つ小部屋に向かう彼女の胸には、反省と感謝、そして前を向く強い決意が静かに燃えていた。
この廃棄された基地で、ユナの成長は、静かに、しかし確かに始まろうとしていた。




