第415話:携行食料製造機⑦
【意気消沈したユナ】
重厚な扉が閉まり、携行食料製造機の低い駆動音が遠ざかると、通路には再び、あの冷たい静寂が戻ってきた。
ユナは俯いたまま歩いていた。さっきまで胸を弾ませていたはずの足取りは重く、靴底が床に触れるたびに、やけに大きな音が響く気がした。
隣を歩くパルパーは、何も言わなかった。
責めることも、慰めることもなく、ただ一定の歩幅で歩き続ける。その無機質な沈黙が、かえってユナの胸に刺さる。
『……やっちゃったなぁ』
心の中で、何度目かの反省が繰り返される。
小部屋に戻ったユナは、ソファーに深く腰を下ろし、両手を膝の上で固く握りしめていた。
「……はぁ……」
長く、深いため息。
先ほどの工場見学は、彼女の期待とは裏腹に短時間で打ち切られてしまった。ユナは自分の行動がレイナの機嫌を損ねたことを正確に理解し、胸の奥に後悔と申し訳なさが渦巻いていた。
パルパーはユナの隣に跪き、静かに彼女の顔を見つめた。彼の声はいつも通り淡々と、しかし優しさと論理を込めて響いた。AIとしての冷静さが、ユナを傷つけないよう細心の注意を払っていた。
「ユナ」
静かな声だった。
「何故、レイナがユナを叱ったか、わかりますか?」
ユナは少しうつむき、掠れた声で答えた。彼女の現実主義的な性格は、自分のミスを素直に認めようとしていたが、声にはまだ動揺が残っていた。
「えーと……私がいろんなフレーバーを選ぼうとしたから……?」
パルパーは静かに首を振り、ユナの目を見て言葉を続けた。彼の論理的で献身的な性格は、ユナが成長するための『気づき』を与えようとしていた。
「その回答は間違ってはいません。ですが……。それじゃ、聞き方を変えますが、ユナはいろんなフレーバーを考えた時、周りの事は見えましたか?」
ユナは少し考えてから、ゆっくりと言った。彼女の瞳には、自分の行動を振り返る真剣さが浮かんでいた。
「そりゃ、集中して考えたもん。……見えてるわけないじゃん。たくさんのフレーバーの中から選ぶんだよ。集中するに決まってるし」
そこでユナは言葉を止め、はっとした表情になった。彼女の計算高い頭脳が、ようやくパルパーの意図を理解したようだった。
「……もしかして、たくさん選び過ぎた?」
パルパーは静かに頷いた。彼の声は穏やかだったが、ユナを守るための真剣さが強く込められていた。
「うーん。その回答も間違ってはいません」
そこで一拍置く。
「ですが、本質ではありませんよ」
ユナは首を傾げた。
「じゃあ……なに?」
パルパーは、もう一度だけ聞いた、その声音は変わらず穏やかだった。
「では、もう一つ。ここはどこですか?」
ユナは少しだけ眉をひそめた。
ユナは少し考えてから、自信を持って答えた。
「そりゃ、この放棄基地は戦闘こそしていないけど、戦場だよね。パルパー、何を言っているの? 私だってそれくらいわかるよ」
パルパーはユナの目を見つめ、静かに核心を突いた。
「そこです。ここは戦場であり、放棄されたとは言え、最前線なんです。レイナが伝えたかった事は、そこなんです」
ユナは一瞬、目を丸くした後、ゆっくりと理解した。彼女の声には、素直な反省と、少しの申し訳なさが混じっていた。
「レイナさんが言いたかった事は、戦場で一つの事に集中し過ぎると、背後から撃たれるってこと……」
パルパーは静かに頷いた。彼の声には、ユナを叱るというより、守るための優しさが溢れていた。
「そうです! だからレイナは叱ったんです。ユナが戦場で散らないように、クギを刺したんですよ」
ユナは小さく肩を落とし、ソファーの上で体を丸めた。彼女の瞳には、自分の未熟さを認める現実主義者らしい素直さと、反省の色が浮かんでいた。
「そっかー……。私もまだまだってことだね。ごめん、パルパー。レイナさんにも、後でちゃんと謝らないと……」
パルパーはユナの肩にそっと手を置き、静かに励ました。彼の声は穏やかで、ユナを支える献身的な想いが込められていた。
「ユナ、大丈夫です。あなたは今、初めての環境で精一杯戦っています。それをレイナもわかっているはずです。次からは、周囲を意識しながら行動しましょう。私は常にあなたの傍らにいますから」
ユナは小さく微笑み、パルパーの手に自分の手を重ねた。彼女の声には、反省と感謝が混じっていた。
「ありがとう……。パルパーがいてくれて、本当に良かった」
そのとき、部屋の入り口がノックされた。
警備アンドロイドが無言で扉を開け、機械的な声で告げた。
「レイナ様がお呼びだ。いますぐこい!」
唐突な通達。
ユナは思わず背筋を伸ばした。
「えっ、今すぐ?」
だがアンドロイドは応じない。ただ、冷たい視線を向けるだけ。
ユナとパルパーは顔を見合わせた。
その一瞬のやり取りだったが、次の言葉が空気を変えた。
「呼ばれているのは、ユナだけだ」
ユナの心臓が、どくんと鳴る。
「パルパー、お前は来るな。ここで待機しろ」
その命令は、絶対だった。
ユナは思わずパルパーを見た。
助けを求めるような、不安な目。
だが、パルパーは首を横に振った。
「……今度は、私は同行できません」
静かな声。だが、冷たいわけではない。
むしろ、信頼を込めたような響き。
「先ほどお伝えしたことを思い出してください」
一歩だけユナに近づく。
「繰り返しになりますが、ここは戦場です」
ユナの呼吸が深くなる。それでも、目を逸らさない。
パルパーは続けた。
「レイナとの会談に臨む際も、その意識を忘れないでください」
そして、ほんの一瞬だけ、柔らかく言った。
「大丈夫です」
ユナの目をまっすぐに見て。
「ユナなら、できます」
その言葉は、不思議なほどまっすぐだった。
ユナは、ぎゅっと拳を握りしめた。
震えはまだあるが、さっきまでとは違う。
「……うん」
小さく頷きそして、ゆっくりと立ち上がった。
「行ってくる」
短い言葉だが、その声には、確かな意思が宿っていた。
警備アンドロイドが背を向ける。
ユナは一歩、踏み出した。
その背中を、パルパーは静かに見送る。
『――生存確率、上昇』
扉が閉まる瞬間、パルパーはユナの背中に向かって静かに声をかけた。
「ユナ……私はここで待っています。あなたを信じています」
ユナは振り返らずに頷き、警備アンドロイドと共に司令室へと向かった。
彼女の背中は小さく見えたが、そこには戦火をくぐり抜けた者らしい強さが、確かに宿っていた。
パルパーは部屋に残され、静かにユナの無事を祈った。AIとしての冷静さと、ユナを守るための献身的な想いが、彼の胸に深く刻まれていた。
この廃棄された基地で、二人の試練は、まだ続いていた。




