第414話:携行食料製造機⑥
【驚くユナ】
巨大な携行食料製造機を前にしたユナは、目を大きく見開き、息を飲んだ。
部屋の中央に鎮座する機械は、想像以上に大きかった。古びた金属の筐体は天井近くまで達し、複雑に絡み合うパイプと反応槽が、まるで生き物のようにうねっていた。かすかに低く唸る駆動音が部屋全体に響き、薄暗い照明の下で鈍い銀色の光を放っていた。
ユナは思わず一歩後ずさり、興奮と驚きを隠せない声で言った。
「わあ……すごい……! こんな大きな製造機械が、この基地にあったなんて……。スケールが全然違う……!」
彼女の瞳には、現実的で計算高い性格ながらも、期待と好奇心がはっきり浮かんでいた。先ほどまでの隕石の恐怖はすっかり吹き飛び、今は『この製造機と新しい味の可能性』に心を奪われていた。
レイナ中佐は機械の前に立ち、腕を組んだまま淡々と説明を始めた。彼女の声は冷たく現実的だったが、わずかな誇らしさが混じっていた。
「この基地の携行食料製造機は、約100年前に製作された『多目的栄養合成装置(Multi-Nutrient Synthesizer Type-7)』だ。
私たちは主に『合成機』と呼んでいたがな。当時、約100名程度が詰めていた基地の食料を確保するために稼働させていた。基本原理として、資源リサイクルシステムから回収した有機廃棄物、鉱物由来の微量元素、そして反応炉から生成される基本分子を、高圧・高温下で再合成し、戦闘中でも食べられるように、携行タイプに生成したものだ」
ユナは少し考えてから、怪訝そうな顔で聞き返した。彼女の計算高い頭脳は、すぐに「資源」の出所に疑問を抱いていた。
「資源リサイクルってことは……わたしたちのトイレとかもリサイクルされるの?」
レイナは一瞬、目を細めた後、くすりと笑った。彼女の声には、昔を思い出すような懐かしさと、少しの愉快さが混じっていた。
「そうだ。簡単に言うとな」
そこまで聞いたところで、ユナの表情が、ぴくりと引きつった。
「……ねぇ、それってさ……」
嫌な予感がしたのだろう。声が少しだけ引き気味になる。
「その“リサイクル”って……まさか……」
レイナは、ほんの一瞬だけ間を置いたあとに、あっさりと答えた。
「排泄物も含む。すべて分子レベルで分解・再構築される」
沈黙が支配し、ユナの顔が、見る見るうちに歪んでいく。
「えっ……ちょ、えっ……うそでしょ……それってつまり……」
「何を気にしている。完全に分解されている。元の形状など意味を持たん」
レイナは軽く笑ったが、ユナは笑えなかった。
「いやいやいやいや無理無理無理無理!!」
思わず一歩後ずさる。
「そんなの聞いたらもう食べれないんだけど!?」
パルパーは二人のやり取りを静かに見守り、ユナに穏やかにフォローを入れた。彼の声はいつも通り論理的で、感情を排した冷静さが際立っていたが、ユナを安心させようとする優しさが込められていた。
「ユナ、大丈夫ですよ。宇宙空間ではリサイクルが標準ですから。人間の排泄物も、適切に処理されれば安全な栄養源になります。心配する必要はありません」
ユナはまだ納得がいかない様子で、軽く眉を寄せた。
「わかってはいるんだけど……なんか……頭では理解が……」
ユナは頭を抱えた。
だが、ほんの数秒後。
「……でも、さっきのストロベリー味は普通に美味しかったな……」
ぼそりと呟く。
レイナはユナの反応を見て、再び小さく笑ったが、すぐに話題を切り替えた。彼女の声は現実的で、少し厳しさを帯びていた。
「それで、ユナとやら、しばらくはこの基地に滞在すると思うから、好きなフレーバーを言ってよいぞ!」
【失敗するユナ】
その言葉を聞いた瞬間、ユナの表情がぱっと明るくなった。彼女の計算高い頭脳は、即座に「食料の改善」という希望に飛びつき、先ほどまでのリサイクルの話題を頭から追い出した。
「本当ですか!? じゃあ……基本はチーズ味だけど、スパイシー肉風味も良いなー。デザートはストロベリー風味だけど、チョコレート風味やバニラ風味も良いなー……」
ユナは完全に自分の世界に入り込んでしまった。
彼女は指を折りながら、夢中で味の候補を挙げ続けていた。現実主義者の彼女にとって、『食料の多様性』は生存のための重要な要素であり、同時に精神的な逃げ道でもあったが……。
その横で、パルパーは静かにレイナへと視線を向けた。
『……まずい』
空気が変わったのを、彼は感じ取っていた。
レイナの表情が、わずかに硬くなっている。
「……パルパー」
低い声。
「こいつは、いつもこうなのか?」
その問いに、パルパーは一瞬だけ迷ったが――正直に答えた。
「はい。思考に没入すると、周囲が見えなくなる傾向があります」
「……そうか」
レイナはゆっくりと息を吐いた。
そして。
「話にならんな」
その一言は、冷たかった。
ユナは、まだ気づいていない。
「いやでもさ、もしケーキ味とか作れたら最高じゃない?あとさ……」
「……もういい!!」
レイナの声が、鋭く空間を切り裂いた。
ユナの言葉が止まる。
ようやく、現実に引き戻された。
「……え?」
「ユナ!お前は一体どこにいるんだ。ここは戦場だった場所だ。そして、お前は戦火を潜り抜けここに来た」
レイナの瞳は、冷たく、そしてどこか悲しげだった。
「交渉の場や、戦闘中に思考を極度に深度化する者は、他の事が疎かになるんだ。そんな奴は勝者でもなく、生者でも無い」
ユナの顔から、血の気が引いた。
「……ご、ごめんなさい……」
小さく、震える声。
だがレイナは首を振った。
「謝罪は不要だ。だが……、機会は失われた」
その言葉は、決定だった。
「見学はここまでだ。戻るぞ」
レイナはそれだけ言うと、工場見学を打ち切るように踵を返した。彼女の背中には、わずかな苛立ちと、失望の色が浮かんでいた。
警備アンドロイドが無言で動き出すが、ユナは立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
パルパーはその様子を見て、静かにショックを隠せなかった。彼の論理回路は、ユナの行動が交渉に悪影響を及ぼした可能性を即座に計算し、胸の奥で静かな焦りを覚えていた。
『ユナ……あなたの現実逃避は理解できますが、ここでは慎重さが求められます。レイナ中佐の信頼を損なうわけにはいきません……』
ユナはようやく自分の世界から戻り、レイナの背中を見て慌てた様子で口を開きかけたが、すでに遅かった。彼女の瞳には、後悔と申し訳なさが浮かんでいた。
工場見学は、予想外の短さで終了してしまった。
パルパーはユナの横に寄り、静かに声をかけた。彼の声は穏やかだったが、ユナを守るための献身的な想いが強く込められていた。
「ユナ……次からは、少し慎重に。レイナ中佐は、私たちの生存を許してくれている貴重な存在です」
ユナは小さく肩を落とし、申し訳なさそうに頷いた。
「ごめん……つい、嬉しくて……」
二人は、警備アンドロイドに引き連れられ、再び重い空気の中を、与えられた部屋へと引き返していった。
この基地で、二人の立場は、まだ非常に脆いものだった。
パルパーはユナの横を歩きながら、心の中で静かに誓った。
『ユナ……あなたの笑顔を守るためにも、私はもっと慎重に動かなければなりません。この基地で、私たちは必ず生き延びる道を見つけます……』




