第413話:携行食料製造機⑤
【工場見学への期待】
昼食を終えた小部屋では、ユナの表情が明らかに明るくなっていた。
彼女はソファーの上で軽く体を揺らし、ストロベリー味のバーの余韻を楽しむように目を細めていた。現実的で計算高いユナの性格は、さっきまでの隕石の恐怖を一時的に棚上げし『携行食料製造機の見学』という新しい楽しみで頭をいっぱいにしていた。
彼女はワクワクした声でパルパーに話しかけた。
「ストロベリー味……また食べたいなぁ……」
ソファーに腰掛けながら、余韻を噛みしめるように呟き、その声には、ささやかな幸福が滲んでいるように聞こえた。
「パルパー、午後の工場見学……楽しみだわ。味を調整できるなら、もっと食べやすくなるかもしれないし、ビタミンとかも工夫できるかもよね?」
パルパーはユナの様子を静かに観察しながら、内心で安堵のシミュレーションを走らせていた。彼の論理的で献身的な性格は、ユナの精神状態が改善されていることをポジティブに評価していたが、同時に現実的な課題も忘れていなかった。
『ユナの食欲と興味が回復している……これは良い兆候です。しかし、長期滞在を考えると、ビタミン類の欠乏は避けられません。工場見学の際に、ビタミン錠剤の精製が可能かどうか、レイナ中佐に確認しなければ……。ユナの健康を維持するためにも、ビタミン類欠乏症のリスクを最小限に抑える必要があります』
パルパーはユナに向かって穏やかに答えた。
「ええ、ユナ。工場見学で、製造機の機能について詳しく聞くつもりです。ビタミン類の追加が可能であれば、長期的な健康管理にも繋がります。楽しみにしていてください」
ユナはソファーから立ち上がり、軽く伸びをした。彼女の瞳には、計算高い現実主義者らしい前向きさと、子供のような素直な期待が混じっていた。
「うん! ストロベリー味が良かったから、次はチョコレートにナッツを足したバージョンとかも試してみたいな。……あ、でも本当は新鮮な果物が食べたいところだけど……まあ、贅沢は言えないわよね」
そのとき、部屋の扉が控えめにノックされた。
ユナが反射的に顔を上げる。
「来たっ!」
期待に満ちた声。
警備アンドロイドが無言で扉を開け、機械的な声で告げた。
「レイナ様がお呼びだ。ついて来い」
短く、それだけ告げる。
「はーい、いますぐ行きまーす!」
ユナは勢いよく立ち上がった。
ユナは目を輝かせ、足取りも軽く警備アンドロイドの後ろについた。彼女の声には、ワクワクした気持ちが隠しきれていなかった。
「やっと見学ね! パルパー、行こ!」
パルパーはユナの後ろを歩きながら、静かに警備アンドロイドの動きを監視していた。彼の冷静な論理回路は、ユナの安全を最優先に考え続けていた。
パルパーも静かに立ち上がり、その後に続いて歩き出した。
廊下に出ると、空気は再び冷たさを帯びていた。
だが、今のユナは、それすら気にしていない。
「どんな機械かなぁ……。フレーバーはいっぱいあるのかなぁ……」
小声で独り言を呟きながら歩いている。
その様子に、パルパーはわずかに視線を緩めた。
『精神状態:良好』
歩く事数分、ユナとパルパーは司令室に到着した。レイナはすでに待っており、張りのある声で呼び掛けてきた。
「来たな」
相変わらずの鋭い視線だが、その奥にはわずかな柔らかさも見える。
「そうそう、さっきのストロベリー味の携行食料の味はどうだった?」
ユナは即答した。
「レイナさん……神……!」
その一言に、場の空気が一瞬だけ止まる。
警備アンドロイドすら動きを止めたように見えた。
レイナは数秒沈黙し……。
「神か……」
小さく繰り返した。
「貴方たち若い世代では、そう言う言い回しをするんだな」
口元に、わずかな苦笑。
「まぁ、食品の創造主という意味では……神かも知れんな」
どこか遠い昔を思い出すような声だった。
ユナはにこにこと頷く。
「ほんとに美味しかったです!」
「そうか。それは良かった」
レイナは軽く頷くと、すぐに表情を戻した。
「それじゃ、見学に行くとするか。ついて来い」
その一言で、空気が再び引き締まる。
ユナは「はい!」と元気よく返事をし、後を追った。
廊下を進む足音が規則的に響く。ユナの足取りは軽く、ほとんど跳ねるようだった。
一方でパルパーは、周囲の構造を冷静に分析しながら歩く。
『この区域……構造的に密閉性が高い……』
『食品製造区画に隣接……衛生管理レベルが高い可能性』
やがて、警備アンドロイドに挟まれる隊列で4人は通路を進み、重厚な扉の前に辿り着いた。レイナが先に待っており、短く頷いてからテンキーを操作した。扉が重々しく開くと、そこは無菌室への前室だった。
レイナは振り返り、簡潔に説明した。
「工場に入る前に、無菌洗浄ルームを通る。基地の古いシステムだが、まだ機能している。入ってよいぞ!」
ユナは少し緊張しながらも、興味津々で部屋に入った。パルパーはユナのすぐ後ろにつき、警備アンドロイドが最後尾で扉を閉めた。
部屋に入った瞬間、上下左右から細かいミスト状の液体が勢いよく噴き出してきた。
「うわっ! いったいなにこれ!?」
ユナは思わず声を上げ、体を縮めた。冷たい消毒液のミストが簡易宇宙服の上から全身に降り注ぎ、髪や顔を濡らした。彼女の計算高い頭脳は即座に「消毒プロセス」と理解したが、突然の出来事に驚きと不快感が混じっていた。
「冷たい……! 目に入りそう……!」
パルパーはユナの横で、ミストを浴びながらも冷静に状況を分析していた。彼の声は穏やかで、ユナを安心させようとしていた。
「ユナ、消毒用のミストです。基地の無菌基準を満たすための処理です。目を閉じて、じっとしていてください。すぐに終わります」
ミストが止まると、今度は上下左右から強力な温風が吹き付けられた。ユナは風圧に体を押されながら、慌てた声を上げた。
「うわー! なになに!? 風が強すぎる……! 髪がぐちゃぐちゃ……!」
風は数十秒間続き、ミストで濡れた体を素早く乾燥させた。ユナは風が止まった後も、髪を軽く手で整えながら、呆れたような顔でパルパーを見た。
「びっくりした……。こんなに本格的な無菌処理が必要なんだ……」
パルパーはユナの様子を確認し、静かに頷いた。彼の論理回路は、基地の衛生管理レベルを高く評価していた。
「この基地が長距離監視施設だった頃の名残です。外部からの微生物汚染を防ぐための厳重なシステムですね。ユナ、大丈夫ですか?」
ユナは髪を軽く払い、苦笑しながら答えた。
「まあ、なんとか……。でも、ちょっと冷たかったな」
風が完全に止まると、正面の別の扉の上にあるランプが緑色に点灯した。重厚な扉がゆっくりと開き、中から白い照明の光が漏れ出てきた。
ユナとパルパーはレイナの後について部屋に入った。そこには、大型の食品製造機械が鎮座していた。古びた金属の筐体に、複雑なパイプと反応槽が繋がり、かすかに低く唸る音が響いていた。
ユナの目が輝いた。彼女はワクワクした声で言った。
「これが……携行食料製造機……! すごい……本物だわ!」
パルパーはユナの横に立ち、機械の構造を素早くスキャンしながら、静かに考えを巡らせていた。彼の献身的な想いは、ユナの健康を第一に考え、ビタミン類の追加可能性をレイナに確認する準備を整えていた。
レイナは機械の前に立ち、二人を振り返った。彼女の声は冷静だったが、わずかに懐かしさが混じっていた。
「これが、この基地の命綱だった装置だ。よく見ておきなさい」
ユナは目を輝かせながら機械に近づき、パルパーはその後ろで静かにユナの安全を確かめていた。
工場見学は、ようやく本格的に始まろうとしていた。




