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第27話:孤児院の炊き出しと、猫の麺(ヌードル)

 迷宮都市アルカディアの北区、『まどろみ亭』の朝は、香ばしいパンの香りと共に始まった。

 一階のサロンでクロが日向ぼっこを楽しんでいると、冒険者ギルドの職員が、申し訳なさそうな顔で分厚い封筒を持ってきた。

「……あ、クロ様。それとフィオーレさん。折り入ってご相談が。……実は、都市の外れにある孤児院『慈愛の家』の保存食が底を突きかけていまして。栄養があって、子供たちが喜ぶ、それでいて長期保存ができる……そんな都合の良い食べ物を、この店で作って頂けないかと」

 ギルドとしても、これまでに数々の「奇跡」を起こしてきたこの店なら、何か解決策を持っているのではないかと期待したのだ。

「うにゃ?」

 クロは、フィオーレの肩の上で首を傾げた。

 保存食。子供。喜び。

 クロの脳内データベースが瞬時に検索を開始する。そして影の中から、一つの「プラスチックのカップ」と「透明な袋」に入った乾燥した塊を取り出した。

 現代世界の傑作、そして忙しき人々の友――『インスタント・カップラーメン(醤油味)』である。


「なんじゃ、その縮れた黄色い紐の束は。……ほう、一度揚げて乾燥させておるのか。これに湯を注ぐだけで元の麺に戻るとは、驚異的な保存技術じゃな」

 ガラムが乾燥麺(スナック麺)の構造をルーペで覗き込み、その多孔質構造に唸った。

 リリアーネも、付属の粉末スープの小袋を開け、その複雑な香りに耳を震わせる。

「……鶏の出汁、魚介の旨味、そしてこの……『醤油』という未知の調味料の芳醇な香り。……この味の重なり、エルフの伝統料理にも引けを取らないわ」

 フィオーレは、クロの持ち込んだ『魔法の麺』を量産化するべく、魔力を解放した。

「『精密解析アナライズ』、および『成分抽出』。……ガラムさん、生地を極限まで細く引き延ばし、この『縮れ』を均一に作るための魔導式製麺機を作ってください。リリアーネさんは、この複雑なスープの味を、現地のスパイスで再現する『黄金比の調合』をお願いします」

 フィオーレの『魔手』が、クロのストレージから出された見本を完璧にコピーしていく。

 ガラムは「わしの槌で、アダマンタイトの極細カッターを研いでやるわい」と意気込み、リリアーネは「子供たちに一番美味しいと思ってほしいものね」と、かつてない集中力でスープを煮詰め始めた。

 クロは、出来上がっていく試作品を**「ウニュ……」**と満足げに見つめていた。

 自分だけの楽しみだった「ジャンクフード」が、異世界の技術で「最高級の保存食」へと昇華されていく。


 翌日。一行は飛行船『まどろみ・エアライン』を孤児院の広場に停泊させた。

 大きな鍋で沸かされた聖水と、一つずつ丁寧に梱包された『まどろみ特製・魔法のヌードル』。

「わあ、猫さんだ! 可愛い!」

「ねえ、触ってもいい? モフモフしたい!」

 集まってきた子供たちが、クロの美しさに目を輝かせて駆け寄ってくる。

 だが、一人の少年が無遠慮にクロの尻尾を掴もうとした、その瞬間。

「シャーーーッ!!」

 クロが鋭い威嚇音と共に、少年の目の前で立ち上がった。

 瞬間、周囲の温度が一度下がり、子供たちは恐怖で硬直する。

 クロにとって、自分を敬う心のない、無作法な「撫で方」は、コレクションの品質を損なう野蛮な行為に等しかった。

「……あ、ダメだよ。クロちゃんを撫でるには、作法があるの」

 フィオーレが優しく仲裁に入った。

 彼女はクロの意図を察し、子供たちに「猫の正しい撫で方」の講習を開始した。

「まずは指先を鼻に近づけて、挨拶をするの。……クロちゃんが『うにゃ』って言ってくれたら、耳の後ろを、こうやって優しく。……そう、力はいらないわ。魔法を編むように、丁寧にね」

4.麺の宴と「クルル……」

 孤児院の長いテーブルに、湯気の立ち上るヌードルが並べられた。

 子供たちが一斉に箸(ガラムが削り出した名木製)を動かし、麺を啜り上げる。

「……おいしい!! なにこれ、止まらないよ!」

「あったかい……。お腹の奥が、幸せになる味がする」

 リリアーネが再現したスープのコクと、フィオーレが魔力でコシを与えた麺の食感。

 子供たちの笑顔が広場に溢れ、レオンも鎧を脱いで、子供たちと一緒に大きな器を平らげていた。

「クルル……。ウニュ……♪」

 クロは、正しく、かつ丁寧に自分を撫でられることに満足し、子供たちの中心で喉を鳴らしていた。

 一人の少女が、教わった通りに顎の下を絶妙な加減で掻いてくれる。クロは目を細め、至福の表情で少女の膝に頭を預けた。


 夕暮れ時。

 ギルドの職員は、子供たちの満足そうな顔と、余った麺の完璧な保存状態を見て、何度も頭を下げた。

「ありがとうございます、フィオーレさん。これでこの冬、誰も飢えることはありません」

「いいえ、クロちゃんがみんなと一緒に食べたかっただけですから」

 フィオーレは微笑み、満足して眠りかけたクロをそっと抱き上げた。

 

 最強の技術者と、伝説の職人。

 それらを動かしたのは、一匹の猫の「美味しいものを教えたい」という、小さなわがままだった。

 

「うにゃう」

 満足げな寝言が、のどかな孤児院の空に響き渡った。


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