第26話:空飛ぶ店の帰還と、猫の衣替え(模様替え)
迷宮都市アルカディア。その上空に、突如として巨大な影が差した。
雲を割り、白銀の甲板を太陽に輝かせてゆっくりと降下してくるのは、伝説の空中都市に眠っていたはずの『白金の飛行船』である。
「な、なんだあの船は……!? 帝国の新型艦か?」
「いや、見ろ! あの紋章……黒猫が丸まっているぞ。……まさか、『まどろみ亭』の一行か!」
騒然となる街。ギルドマスターや騎士団が慌てて駆け出す中、飛行船『まどろみ・エアライン』は、職人街にある自分たちの店――古びた洋館の真上へとピタリと静止した。
「クルル……。うにゃ?」
クロは甲板の手すりから、懐かしい我が家を見下ろした。
数週間の留守の間、店を守っていたのは、クロがストレージから出した「お掃除ゴーレム・ルンバ」たちと、店番を任されていたガラムの弟子たちだ。
クロは満足げに尻尾を振り、フィオーレに「合図」を送った。
「わかりました、クロちゃん。……皆さん、一気に『お引越し』を終わらせますよ!」
フィオーレが両手を広げ、飛行船全体を包み込むほどの広域魔力回路を展開した。
以前の彼女なら気絶するような出力だが、今の彼女はクロの魔力を完璧に乗りこなし、精密に制御している。
「『空間接続』――および、『物品一括搬送』!」
飛行船の船倉に積み込まれていた「お宝」たちが、光の粒子となって次々と店の中へと吸い込まれていく。
ガラムが火山の溶鉱炉で鍛えた『黄金のティーカウンター』が、リリアーネが持ち帰った「究極の調理場」が、そして図書館から持ち帰った「全自動在庫管理システム」が、店内の構造を物理的に書き換えていく。
カチャリ、カチャカチャリ!
店内では、ゴーレムたちが猛烈な速度で棚を並べ替え、収穫した黄金の麦や銀のバターを最適な保管庫へと収めていく。
「ウニュ……♪」
クロは、三階の居住区に設置された「最新型エアコン」と「月光真珠のアクアリウム」の完璧な配置を確認し、満足げに喉を鳴らした。
彼にとって、この店を自分好みの「究極の展示場」にアップデートすることこそ、旅の最大の報酬であった。
翌朝、新装開店した『まどろみ亭』の前には、都市の門まで続くかのような長蛇の列ができていた。
一階のサロンでは、リリアーネが黄金の麦と銀のバター、そしてバニラエッセンスをふんだんに使った『伝説のトーストセット』を振る舞っている。
「……信じられない。このパンの香り、そしてこの紅茶……。聖域のような味がするわ」
「二階に並んでいる武具を見ろ。アダマンタイトを紙のように加工してある……。この店の主たちは、一体何者なんだ」
訪れた客たちが、一口ごとに、一目見るごとに絶句し、感涙する。
だが、その行列を乱そうとする不届き者もいた。
「――道を空けろ! この店にある『飛行船の所有権』について、公爵閣下からの親書を持ってきた!」
権力を笠に着た役人が、強引に列を割り込もうとした。
その瞬間、店の入り口で「看板代わり」に寝そべっていたクロが、片目を開けた。
「シャーーーッ!!」
凄まじい魔圧が路地を駆け抜け、役人は親書を持ったまま腰を抜かして転がった。
クロにとって、自分の「まどろみの時間」と「客の秩序(=店の品質)」を乱す無作法な輩は、即座に『除菌・洗浄』すべきノイズに過ぎなかった。
「……ウニョ」
クロは不機嫌そうに鼻を鳴らし、レオンの方を見た。
「はいはい。……おい、役人。ここは俺たちの『主』の城だ。閣下に伝えな。この店を荒らすなら、次は飛行船でその屋敷の真上から『ゴミ出し』をしてやるってな」
レオンが漆黒の盾を軽く叩くと、その威圧感に役人は這々の体で逃げ出していった。
騒がしい開店初日が終わり、店に静寂が戻る。
三階の居住区。フィオーレが、聖水で淹れた一杯の紅茶をテーブルに置いた。
スピーカーからは天空の図書館で見つけた「癒やしの旋律」が静かに流れ、エアコンが最適な温度を保っている。
「……やっぱり、自分の家が一番落ち着くね、クロちゃん」
フィオーレが微笑み、クロの首元をハンドクリームを塗った手で優しく撫でる。
クロは、フィオーレの膝の上で「クルル……」と至福の声を漏らし、満足げに目を閉じた。
「うにゃう」
彼らが旅で集めてきたものは、単なる宝物ではない。
自分たちの生活を豊かにし、大切な仲間と共有するための「日常」そのものだった。
迷宮都市の夜に、黄金の灯火を放つ一軒の店。
この完璧に整えられた自分の城で、愛しきコレクションと共に、静かにまどろむ。




