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第25話:虹の温泉と、猫のジャグジー(洗浄)

 白金の飛行船『まどろみ・エアライン』の甲板に、微かに硫黄の香りと、瑞々しい花の匂いが混じった風が吹き込んできた。

 一行が辿り着いたのは、深い断崖に囲まれた秘境『虹色の渓谷』。幾重にも重なる滝が陽光を反射し、常に空には七色の橋が架かっている絶景の地だ。そしてその谷底には、いかなる傷も病も癒やすという伝説の『虹色温泉』が湧き出ている。

「……ようやく着いたな。この鎧の重さ、そろそろ限界だぜ」

 レオンが、汗の染み付いた重厚な鎧の継ぎ目を鳴らしながら溜息をついた。

 だが、甲板の手すりから谷底を見下ろしたクロは、**「うにゃ……」**と露骨に落胆した声を漏らした。その瞳に映っていたのは、かつての神話の美しさとはかけ離れた、泥と藻にまみれた「淀んだ池」の姿だった。

(……不衛生だ。魔力の沈殿物がヘドロと化している。これでは、俺のお気に入りの依代フィオーレ執事レオンを漬けるわけにはいかん)

 もちろん言葉には出ないが、クロは毛を逆立て、影の中に深く手を突っ込んだ。

 取り出したのは、現代世界の清掃技術の結晶――『高圧洗浄機(プロ仕様)』。そして、強力な気泡を生み出す『外付け式ジャグジーユニット』と、石灰化した汚れを分解する『特殊中性洗剤(環境配慮型)』だった。


 谷底へ降り立った一行の前に、半透明の体を持つ小さな影が現れた。この泉を守り続けてきた『温泉の精霊』たちである。

 彼女たちの肌はくすみ、魔力の輝きを失っていた。

「……ああ、旅の人。ここはもう、かつての聖域じゃないわ。迷宮の毒が流れ込み、私たちの力ではもう、この『石灰の呪い』を剥がせないの……」

 精霊が指し示した岩肌には、ガチガチに固まった魔力の沈殿物スケールがこびりつき、温泉の噴出口を塞いでいた。

「シャーーーッ!!」

 クロが、泥にまみれた泉のほとりで、最大級の威嚇音を上げた。

 同時に、周囲の空間が物理的な圧力を持ち、ヘドロが波打つ。

 クロにとって、この伝説の癒やしスポットを放置し、自分の「最高のコレクション(仲間たち)」の肌を荒らそうとするこの汚れどもは、即座に『排除・清掃』すべき不燃ゴミに等しかった。

「フィオーレ、高圧洗浄の準備を! 噴出口の『詰まり』を強制的に分解するわよ!」

「はい、クロちゃん。……ガラムさん、このポンプの出力、アダマンタイトで補強できますか?」

「お安い御用じゃ! この猫様の道具、わしの槌で限界まで圧力を高めてやるわい!」

 フィオーレの『精密操作』、ガラムの『鍛造補強』、そしてクロの現代兵器が一つになる。


 フィオーレは高圧洗浄機のノズルを構え、自らの魔力で水の粒子を極限まで加速させた。

「『分子結合・一時解体』――高圧ウォータージェット、放射!」

 ――ズババババババッ!!

 凄まじい轟音と共に、青白い光を纏った水の刃が、岩にこびりついた石灰汚れを切り裂いていく。

 リリアーネがクロの洗剤を魔力で霧状にし、頑固な魔力のヘドロを「中和・分解」していく。

「……信じられない。何百年も剥がれなかった呪いが、ただの水の勢いと泡で……消えていく……!」

 精霊たちが歓喜の声を上げる中、フィオーレはさらにジャグジーユニットを泉の底に設置した。

「『気泡共鳴』、そして……『魔力循環フィルタリング』!」

 フィオーレの魔手が、泉の底から湧き出すお湯を、現代のフィルターを通すかのように精密に濾過していく。

 数分後。泥にまみれていた池は、底まで透き通るような、エメラルドグリーンの輝きを取り戻した。

「ウニュ……!」

 クロは満足げに尻尾を立て、リリアーネが用意した「温度管理された特製足湯」に、一度だけ肉球を浸した。

 完璧。

 汚れ一つない、最高級の泉質。


 その日の夜。飛行船『まどろみ・エアライン』の最後尾デッキには、新たな「設備」が追加されていた。

 ガラムが火成金とアダマンタイトで鍛え上げた、巨大な『黄金のバスタブ』。そこに、精霊たちが感謝の印として分けてくれた「絶えず虹色に光る温泉」が、フィオーレの転移魔法によって直接引き込まれていた。

 さらにはクロの持ち込んだジャグジーユニットが、心地よい振動と共に細かな気泡シルキーバスを作り出し、夜の雲海を照らしている。

「……はぁ。死ぬかと思ったが、生きててよかったぜ」

 レオンが、首まで湯に浸かり、漆黒の盾を湯船の蓋代わりにして、深く溜息をついた。

 ガラムとリリアーネも、それぞれの疲れを癒やすように、虹色のお湯を堪能している。

「クルル……。ウニュ……♪」

 クロは、流石に全身をお湯に浸けることはなかったが、湯船の縁に設置された「特製サウナ椅子」の上で、立ち上る温かな湯気スチームに包まれて、うっとりと目を細めていた。

「クロちゃん、お肌がピカピカね。……ありがとう、こんなに気持ちいいお風呂、初めて」

 フィオーレが、湯気で上気した顔で微笑み、クロの耳の後ろを優しく撫でる。

 クロの魔力が彼女の体内と共鳴し、蓄積していた微かな疲れや「汚れ」が、お湯の中に溶け出していく。

 飛行船は、心地よい硫黄の香りと幸せな笑い声を棚引かせながら、満天の星空の下をのどかに進み続ける。

「うにゃう」

 満足げな声が、夜の静寂に響き渡った。

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