第18話:浮遊島への挑戦と、猫のドローン(遠視)
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迷宮都市アルカディアの空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。
『まどろみ亭』の屋上テラス。黒猫――クロは、手すりの上に座り、金色の瞳で遥か上空を浮遊する『白銀の雲』をじっと見つめていた。それはただの雲ではない。かつて高度な魔導文明が栄えたとされる、伝説の浮遊島『スカイ・レガシー』の影である。
「クルル……。ウニュ……」
クロは、先日市場の裏通りで手に入れた「重さを感じない不思議な石」を前足で転がしながら、不満げに喉を鳴らした。
彼にとって、地上のガラクタ(お宝)はあらかた鑑定し終えた。今、彼の収集癖を刺激しているのは、あの大気圏の彼方に眠っているであろう、未知の飛行機械の残骸であった。
「……あそこに行きたいのね、クロちゃん。でも、さすがに私の『魔手』もあんな高さまでには届かないわ」
フィオーレが、クロの背中を撫でながら空を見上げる。
隣では、レオンが漆黒の盾を磨きながら溜息をついた。
「空か。……人魚の次は鳥になるつもりか? さすがに俺のハンマーじゃ、空を飛ぶ魔獣には太刀打ちできんぞ」
クロはレオンの愚痴など聞き流し、影の中に深く前足を突っ込んだ。
そして取り出したのは、現代世界の英知が生んだ精密機械――『高性能撮影用ドローン(四発プロペラ式)』。そして、それを操作するための『タブレット端末』だった。
「なんじゃ、その羽の生えた平たい蜘蛛は。……この素材、炭素繊維か。驚くほど軽く、そして強靭じゃな」
ガラムがドローンを手に取り、その構造に唸った。
リリアーネも、ドローンのレンズを覗き込む。
「ガラスの質が違うわ。……これに私の『遠見』の魔法を組み込めば、地上にいながら雲の上の蟻まで数えられるわね」
フィオーレは、クロの持ち込んだ概念を形にするべく、魔法陣を展開した。
「『精密結合』、および『遠隔視界同期』。……ガラムさん、プロペラを風属性の魔力結晶で作り直してください。リリアーネさんは、この通信経路にエルフの『風の囁き』を」
数時間の共同作業。
完成したのは、クロの持ち込んだドローンをベースに、異世界の自律魔導回路を組み込んだ偵察ゴーレム、通称『メーちゃん』である。
フィオーレがタブレット型の魔導板を操作すると、ドローンは「ウィィィィン」という軽快な音を立てて浮上し、そのカメラが捉えた映像が魔導板に鮮明に映し出された。
「……うにゃ!」
クロは満足げに尻尾を立て、魔導板を前足でチョイチョイと叩いた。
これで、わざわざ自分が飛ぶまでもなく、上空のお宝を安全な地上から品定めできるようになったわけだ。
翌日、一行は浮遊島が最も低く降りてくる『断罪の峰』へと向かった。
ドローンを飛ばし、浮遊島への接舷ポイントを探そうとしたその時。
雲を切り裂き、巨大な影が舞い降りてきた。
それは、隣国の軍事国家『レムルス帝国』の誇る、竜騎士団の一団だった。
彼らは巨大なワイバーンに跨り、その手に持つ魔導槍をフィオーレたちに向けた。
「――そこまでだ、異端の者ども! 都市で暴れる黒い悪魔と、その下僕たちだな! 我ら帝国の空を穢すその羽ある魔道具、直ちに破壊し、貴様らを拘束する!」
団長を名乗る男が、ワイバーンの背で傲慢に吠えた。
帝国は、クロを「古代の遺物を操る邪悪な知性体」と断定し、その技術を独占するために刺客を送ってきたのだ。
「シャーーーッ!!」
クロがフィオーレの肩の上で、最大級の威嚇音を上げた。
同時に、周囲の風が物理的な圧力を持ち、ワイバーンたちが恐怖に羽を凍りつかせる。
クロにとって、自分の「買い出し」を邪魔し、あまつさえ大切な『メーちゃん』を破壊しようとするこのうるさいトカゲ使いどもは、ストレージの隔離スペースに放り込む価値もない不燃ゴミだった。
「レオンさん、ワイバーンの突進を防いでください! 私はメーちゃんで『整理整頓』します!」
「了解だ! ……来い、帝国のトカゲども! 俺の盾に傷一つ付けられると思うな!」
レオンが漆黒の盾を掲げ、突撃してくるワイバーンの魔導槍を受け止める。
盾の表面に施されたアダマンタイトの反射皮膜が、槍から放たれた雷撃を空へと弾き飛ばした。
フィオーレは魔導板を鮮やかに操作した。
空中を舞うドローン『メーちゃん』が、ワイバーンたちの周囲を縦横無尽に駆け巡る。
「『精密分解』――風の結節点、特定。……『気流遮断』」
フィオーレはドローンを中継地点にし、上空の「風の流れ」を精密に操作した。
ワイバーンが空を飛ぶために必要とする、翼の上下の気圧差を、一点一点ピンポイントで「洗浄(消去)」していく。
「な、なんだ!? ワイバーンが羽ばたけん! 風を掴めんのだ!」
騎士たちが絶叫する中、ワイバーンたちは滑るように高度を下げ、麓の深い森の中へと「不時着(ポイ捨て)」されていった。
殺すのではない。ただ「飛行能力」だけを一時的に奪い、戦場から排除する。
フィオーレの精密操作は、もはや一つの生命体の生存権を優しく、かつ絶対的に制限する領域に達していた。
「ウニュ……♪」
クロは満足げに、魔導板に映る「落下していく騎士団」の映像を眺め、喉を鳴らした。
これで邪魔者はいなくなった。
ドローンが導いた先には、浮遊島から垂れ下がる巨大な『係留用の鎖』があった。
フィオーレの『魔手』がその鎖を力強く引き寄せ、レオンが盾をフックにして自分たちの体を固定する。
高度三千メートル。
一行がついに浮遊島の地を踏んだとき、そこには数千年前の姿をそのままに残した、白金の街並みが広がっていた。
そしてその中央には、クロが夢に見た、巨大な『魔導飛行船』が、主の帰りを待つかのように静かに鎮座していたのだ。
「クルル……! ウニュウ!」
クロはフィオーレの肩から飛び降りると、飛行船の甲板に駆け寄り、その質感を確かめるように爪を研ぎ始めた。
伝説の飛行船。しかし、今のクロにとっては、それは最高の「動くおもちゃ箱」に過ぎなかった。
「……フィオーレ。これ、俺たちが操縦するのか?」
レオンが不安そうに訊ねるが、フィオーレは既に、クロのストレージから出された『多機能リモコン』を手に取り、嬉しそうに微笑んでいた。
「大丈夫ですよ、レオンさん。クロちゃんが、もう説明書(?)を用意してくれていますから」
一族と猫の探訪記。
彼らのコレクションには、今日、ついに「空の玉座」が加わった。
地上ものどかだが、空からの眺めは、次に拾うべきガラクタをより鮮明に照らし出してくれるのだから。
「うにゃう」
満足げな声が、浮遊島の風に溶けていった。




