第13話:火山の鍛冶場と、猫のティータイム
聖山での給水から数日。一行が足を踏み入れたのは、迷宮都市のさらに北に位置する休火山『獄炎の喉笛』の麓だった。
大気は陽炎のように揺れ、地面からは熱気が立ち上っている。
「……さすがに、この鎧は自殺行為だったか」
レオンが、煮えたぎるような銀の甲冑の中で顔を真っ赤にしていた。彼は漆黒の盾を日除け代わりに掲げ、ウォーハンマーを杖にして一歩ずつ進む。
一方で、フィオーレは涼しげな顔をしていた。彼女の周囲には、クロのストレージから出された『保冷剤入りの冷却ベスト』が『魔手』で浮かされており、常に冷涼な空気を彼女に送り続けている。
「うにゃ……」
クロはフィオーレの肩の上で、暑苦しそうに喉元を伸ばしていた。
彼がここに来た理由はただ一つ。聖山で手に入れた「最高の水」を淹れるのに相応しい、「最高の熱源」と「最高の茶器」を求めてのことだ。
クロは影の中から一つの地図を取り出すと、山の中腹にある古い石扉を前足で指し示した。
石扉の向こうに広がっていたのは、火山の地熱を直接利用した巨大な工房だった。
響き渡る鉄を打つ音。煤と火花の匂い。
そこには、一人のドワーフがいた。
「帰れ! 腕の鈍った冒険者に貸す道具など、ここには一挺もありゃせん!」
白髭をたくわえたドワーフの鍛冶師――ガラムが、巨大な槌を振り回して一行を威嚇した。彼は伝説の金属『火成金』を溶かそうと格闘していたが、火力の不足に苛立っているようだった。
「私たちは、クロちゃんに案内されて来たんです。……ねえ、クロちゃん?」
フィオーレがクロを差し出すと、ガラムは鼻で笑った。
「猫だと? 鍛冶場に毛玉を連れてくるとは、舐められたもんだ。その程度の火遊びなら、そこらの中庭で――」
「シャーーーッ!!」
クロが激しい威嚇音と共に、ガラムを睨みつけた。
瞬間、工房内の地熱が一段階跳ね上がり、ガラムの槌が震えた。
クロにとって、この頑固なドワーフの「不十分な熱」と「非効率な作業」は、コレクションを汚すノイズに等しかった。
クロは不機嫌そうに尻尾を振ると、影の中から一つの「手のひらサイズのプラスチック製品」をガラムの前に放り出した。
「……なんじゃ、この奇妙な小箱は。魔道具か?」
ガラムが訝しげにそれを拾い上げた。
それは、現代世界の英知が生んだ『強力ターボライター(耐風仕様)』だった。
「クロちゃんが『それを使え』って。……貸してください、私が調整します」
フィオーレがライターを受け取り、指先から精密な魔力を流し込む。
彼女の『分解』と『結合』の魔法が、ライター内部のガス噴射機構と、魔法的な酸素供給をリンクさせる。
「『燃焼増幅』、そして……『指向性集中』」
フィオーレがスイッチを押した瞬間。
ライターの先から、目も眩むような鮮やかな「青い火炎」が数メートルの長さで噴き出した。
それはただの火ではない。フィオーレの精密操作によって、アダマンタイトをも溶解させるほどの超高温へと純化された、究極の熱源だ。
「な……ッ!? 龍の吐息を凝縮したようなこの熱量は……!!」
ガラムは目を剥き、吸い寄せられるようにその炎を見つめた。
彼は慌てて『火成金』をその炎に投じる。数時間かけても溶けなかった伝説の金属が、瞬く間に美しい液体へと姿を変えた。
一時間後。
ガラムが狂ったように槌を振るい、完成させたのは、火成金を薄く、極限まで滑らかに加工した『黄金のティーポット』だった。
工房の片隅。灼熱の鍛冶場の中に、フィオーレの魔法で作り出された冷涼な空間。
一行は、そこでティータイムを楽しんでいた。
「クルル……。ウニュ……♪」
クロは、真空断熱ボトルから黄金のティーポットへ注がれ、ターボライターの熱で完璧な温度にまで高められた「聖水の紅茶」を、うっとりとした表情で眺めていた。
立ち上る香りは、火山の煤臭さを一瞬でかき消すほどに気高く、深い。
「……信じられん。わしの人生は何だったのか。この小箱一つで、わしが一生を懸けて求めた『極致の熱』が手に入るとは」
ガラムは、フィオーレが淹れた紅茶を一口すすり、そのままボロボロと涙を流した。
「……ああ、美味い。……嬢ちゃん、そしてそこの猫様。……わしを、あんたらの『お抱え鍛冶屋』にしてくれんか。その小箱の原理を、もっと、もっと知りたいんじゃ」
クロは、ガラムの願いなどどこ吹く風で、紅茶の最後の一滴を舐めとると、「うにゃう」と満足げに鳴いた。ただ、熱い飲み物はちょっと苦手そうだ。
レオンは、ようやく涼しくなった甲冑の中で、紅茶を飲み干して溜息をついた。
「……また一人、猫の虜が増えたな」
火山を後にする一行。
クロのストレージには、新たな黄金のティーセット。
仲間に忠実な(?)ドワーフの職人が加わった。




