第10話:地下道の宝探しと、猫の鑑定
迷宮都市アルカディア。その地下には、現世の住人が「下水道」と呼んで忌避する、巨大な旧時代の水利遺構が眠っている。
宿屋の窓辺で、クロは熱心に外の空気を嗅いでいた。鼻先をひくつかせ、時折、何かに納得したように「うにゃ?」と短く鳴く。
「……どうしたの、クロちゃん。また何か、気になるものでもあった?」
フィオーレが身支度を整えながら声をかけるが、クロは窓から身を乗り出し、街の隅にある古いマンホールの方を指し示した。
「……まさか、あの中か?」
レオンが、昨日『魔改造』されたばかりの漆黒の盾を背負いながら苦笑する。
クロはフィオーレの肩に飛び乗ると、そのまま「クルル……」と期待に満ちた声を漏らした。彼がこれほど熱心なときは、決まって「自分にとって価値のあるもの」が近くにあるときだ。
一行が訪れた地下道は、案の定、不快な湿気とカビの臭いに満ちていた。
だが、フィオーレが指先を動かし、『洗浄』と『換気』の魔法を周囲に展開すると、彼らの周囲だけは常に清浄な空気が保たれる。
「『魔手』――索敵展開」
フィオーレは慎重に歩みを進める。
時折、物陰から巨大なドブネズミや、粘液状の魔物が襲いかかるが、レオンが即座に大盾を構えて遮断した。盾の表面に施されたアダマンタイトの被膜が、魔物の放つ微弱な酸をパチパチと火花のように弾き飛ばす。
「……ウニュ」
クロはレオンの肩の上で、汚い水溜りを不機嫌そうに見下ろしながらも、ある一点を凝視し続けていた。
それは、崩れかけたレンガの壁の隙間。
泥とヘドロに半分埋もれた、小さな「金属の箱」だった。
「これね、クロちゃん」
フィオーレが『魔手』を使い、泥を汚さずにその箱を浮き上がらせる。
箱には錆一つなく、鈍い銀色の光沢を放っていた。この世界の金属ではない――クロが前世から持ち込み、何らかの拍子にこの地に紛れ込んだ『ステンレス製のツールボックス』だった。
「こんな場所で開けるものではないわね」というフィオーレの判断で、一行は早々に地下道を後にし、宿屋へと戻った。
清潔なテーブルの上、フィオーレが『精密分解』と『洗浄』の魔法を使い、ボックスに付着した僅かな汚れを完璧に取り除く。
カチャリ、と小気味よい音を立てて蓋が開いた。
中から現れたのは、美しく整列した『精密ドライバーセット』と、多機能な『ステンレス製マルチツール(十徳ナイフ)』だった。
「……何だ、これは。驚くほど細く、それでいて強靭な鋼だ。……魔法の触媒か?」
レオンがマルチツールを手に取り、引き出された小さな刃やペンチの精度に目を見張る。
フィオーレも、そのあまりに「合理的」な形状に、プロの技術者として感銘を受けていた。
「クルル……♪」
クロは満足げに、マルチツールの表面に頬を擦り付けた。
それは、彼が『箱庭』から持ち出し損ねていた、ストレージの欠損を埋める大切なコレクションだったのだ。
「お宝」の回収を終えた一行に、ようやく安らぎの時間が訪れる。
地下道での汚れを落とし、身なりを整えた後、クロはフィオーレの鞄をパシパシと叩いた。
影の中から取り出されたのは、昨日と同じ黄金のラベル。
だが今度は、丁寧に焼き上げられた『厚切りバゲット』が添えられていた。
「今日は、これを乗せて食べましょうか」
フィオーレが『魔手』でツナを掬い、バゲットに乗せる。
宿の食堂から持ち込んだ新鮮な野菜と共に、清潔なテーブルで囲む夕食。
「……うにゃ!」
クロは、フィオーレから一口分を分けてもらうと、幸せそうに目を細めて咀嚼した。
下水道の薄暗い闇の中でではなく、温かい灯火の下で味わう美食。
「……やっぱり、お前の見つけるものは、どれもこの世界の常識を軽々と超えてくるな」
レオンもバゲットを頬張り、そのあまりの旨味に苦笑した。
地下道で見つけた「無機質なガラクタ」と、宿で味わう「極上の味」。
その対比こそが、クロの旅の醍醐味であった。
クロは食後、手に入れたばかりの精密ドライバーを、前足で大切そうにストレージへと仕舞い込んだ。




