第三十八話:野良田の雷鳴、狂い始めた水脈
永禄三年(一五六〇年)・五月
降り出した雨は、瞬く間に激しさを増し、空を覆う雲は昼間だというのに夕闇のような暗さを肥田の地に落としていた。
肥田城をぐるりと包囲していた六角軍の陣容に、突如として緊張が走る。東の方角から、整然と隊列を組んだ四百の兵が姿を現したからである。旗印は笹竜胆。佐和山城主・磯野丹波守員昌の軍勢であった。
六角陣営の総大将・六角左衛門督義治は、激しい雨の中で馬を走らせる員昌の姿を見て、わなわなと震えた。
「浅井が……なぜここにいる! 誰が呼んだ!」
左衛門督義治の周囲では、宿老たちが顔を見合わせ、言葉を失っていた。今回の肥田城攻めから浅井を遠ざけたのは、新九郎賢政の「不穏な動き」を警戒してのこと。にもかかわらず、当の浅井が、しかも実力者である磯野丹波守員昌を率いて現れたのである。それは、浅井が「六角の敵」として明確に意思表示をしたことと同義であった。
員昌は、六角勢の本陣へ使者を走らせた。雨音を切り裂くような使者の声が、六角の本陣へ響き渡る。
「我ら浅井の衆、近江の安寧を乱す肥田の不穏を憂い、六角家への忠義を果たすべく、進んで戦場へ馳せ参じた! 我らが働き、とくとご覧あれ!」
その口上を聞き、六角軍の陣中に失笑と動揺が広がった。
六角の兵たちにとって、この言葉は「浅井は六角の味方として参陣した」という表向きの理屈に過ぎないことを知っている。しかし、実態は「六角が賢信を殺そうとしている場所に、浅井が割って入った」ということだ。
「味方だというなら、なぜ敵である肥田城を囲む我らの背後に着陣するのだ」……兵たちの間には、そんな疑念と不安が瞬く間に蔓延した。
左京大夫義賢は、激しい雨に打たれながらも、眉一つ動かさずに磯野軍を見据えていた。
「……浅井は、高野備前守を助けるつもりか。それとも、六角という家が狼狽する様を見にきおったか」
義賢は事態の深刻さを悟った。浅井の参陣は、単なる援軍ではなく、この肥田城攻めを「六角家中の内乱」から「浅井と六角の全面対決」へと変質させる宣戦布告である。
その時、空が割れんばかりの轟音と共に、凄まじい雷鳴が肥田の地を震わせた。
激しい雨脚は、もはや目を開けることすら困難なほどの豪雨へと変わり、愛知川と宇曽川の濁流は、堤の限界を遥かに超えていた。
「堤が……堤が危ない!」
陣の端から悲鳴が上がる。雷光がひときわ強く稲妻を走らせると、堤の一部が濁流に飲み込まれ、ドロドロと崩壊していく様が照らし出された。
六角軍が血の滲むような思いで築き上げた「水攻め」の防壁が、自然の猛威の前に、いとも容易く脆くも決壊し始めたのである。
「今ぞ!」
磯野員昌は馬上で叫んだ。
高野備前守賢信が城壁の上でそれを見届けている。水攻めの重圧から解放された肥田城の三百の兵が、狂喜の咆哮を上げ、城門を押し開いた。
雷鳴と豪雨の中、六角軍の本陣は、浅井の威圧と自然の暴力という二重の恐怖に晒されていた。
左衛門督義治は、謀反人の城を沈めるはずの雨が、己の軍勢を呑み込もうとしている現実に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
五月の雨は、ただの水ではなかった。それは、近江の歴史を塗り替えるための、天が選んだ浄化の激流だったのである。新九郎賢政の「仲裁」という理は、この雷鳴と共に、戦国という荒野に本格的な動乱を告げていた。




