第二十四話:一乗谷の思惑、雪国の風を背に
永禄二年(一五五九年)・十月
朝倉館の大広間は、冬の到来を告げる湿った冷気に包まれていた。越前国の命運を握る重臣、一門衆が居並ぶ中、主座に座す朝倉左衛門督義景の表情は、冬空のように峻厳であった。
「先日の事だが、北近江の浅井左兵衛尉より、使者として実弟の浅井福寿庵が参上した」
朝倉左衛門督義景の声が、静まり返った広間に低く響く。
「左兵衛尉は、六角家の軛を脱する決意を固めた。当家が近江において浅井家の後ろ盾となることを条件に、彼らは当家の盟友として立つ。ただし――書面には残さぬ。六角家への露見を恐れるがゆえの処置であり、また当家が近江の戦乱に直接身を投じぬための配慮でもある」
広間には一瞬の沈黙が流れ、直後に重臣たちの思惑が交錯するざわめきが広がった。
一門筆頭の朝倉孫次郎景鏡が扇で膝を叩き、鼻で笑う。
「御屋形様、左兵衛尉殿も思い切ったことを。六角左京大夫という古狸を相手に、どれほどの火遊びができるというのか。口約束とはいえ、浅井家が動けば六角家は黙ってはおりますまい。その火の粉が我が越前へ飛んでくる懸念を、いかにお考えか。軽率にございませぬか?何故、我々にはかられませなんだ。高橋、鳥居お側にあって何故お止めしなかったのだ」
突如、側近である高橋新介景業と鳥居兵庫助景近が詰られる。それを聞いた左衛門督義景は、孫次郎景鏡に苦々しげな視線を送るが、黙して語らない。代わりに、朝倉修理大夫景健が、鋭く反論する。
「孫次郎殿、臆せぬことだ。我が朝倉家にとって目下の懸念は、加賀の野蛮な一向一揆であり、さらには勢力圏を広げんとする若狭武田家でござる。浅井家を北近江に配することは、いわば背後の安寧を買い、南方の警戒を彼らに委ねるがため。湖北の地を緩衝地帯とすれば、我が朝倉は北の加賀と、西の若狭へ戦力を集中できる。御屋形様の配慮にございます」
山崎長門守吉家が、静かに目を開き捕捉する。
「修理大夫様の仰る通りにござる。我が家にとって喫緊の課題は、加賀一向一揆の頻発する侵攻と、若狭武田家の動揺を収めること。六角家との小競り合いに、当家の主力兵力をすり減らす余裕はございませぬ。浅井家にはあくまで盟友として、六角家の牽制を期待する。我らは距離を保ちつつ、近江の情勢を誘導するのが肝要」
孫次郎景鏡は、面白くないのか、外方を向いて視線を合わせようとしない。広間に広まる沈黙を切り裂くように、河合安芸守吉統が、冷徹な実務家としての計算を口にする。
「しかし、距離を置くといえど、当家の兵糧や武具を援助するならば、相応の代償を要求せねばなりませぬ。福岡石見守吉清、栂野三郎右衛門尉吉仍、今後は浅井家との商いの利幅を厳格に管理せよ。同盟といえど、彼らが六角家に圧殺されぬ程度に育てるのが、我が家の利益に叶う」
実戦を担う重臣たちも議論を重ねる。
前波藤右衛門尉景定が、嫡子である前波左衛門五郎景当と目配せをし、義景に献策する。
「御屋形様、若狭武田家を傘下に収める好機でござる。武田家が優柔不断な態度を続けるならば、近江の浅井家に気を使わせるふりをして、我らが若狭へ軍を進める。その時、浅井家が六角家に睨みを利かせていれば、我が方の背後は万全。若狭一国、我が朝倉の版図に組み込めるはず」
その言葉に、敦賀の警備を預かる敦賀郡司・朝倉景紀も頷く。
「左衛門五郎殿の策、理にかなう。敦賀の警備を強化し、若狭の動きを監視いたしましょう。武田家の家臣団にも、我が方の調略を仕掛ける手はずを整えるべきかと」
朝倉左衛門督義景はその議論を聴きながら、無表情のまま窓の外の曇天を凝視していた。
「孫次郎、修理大夫、よく聞け。当面の敵は、あくまで加賀の徒党どもと、優柔不断な若狭武田家だ。浅井との密約は、当家が近江の戦乱に深入りせぬための『盾』に過ぎぬ。我が越前の支配を盤石にすることこそが、最優先の課題よ」
山崎長門守吉家が深く頭を下げる。
「御意。六角に対しては、あくまで浅井家の自立を『黙認する』という立場を崩さぬよう、慎重な外交を継続するべきでしょうな」
評定が終わる頃、空には雪雲が垂れ込めていた。
浅井は、朝倉の後ろ盾を得たことに安堵し、六角家という巨大な牙城との決戦を準備しているだろう。しかし、朝倉左衛門督義景にとって、それはあくまで複雑な情勢を切り抜けるための、一つの布石に過ぎなかった。
朝倉家は、加賀一向一揆という現実的な脅威と、若狭という地政学的な利権を前に、近江という戦場に身を浸すことを潔しとしない。
雪の気配が、一乗谷に静寂を運ぶ。
越前の山々は、冷ややかな冬を迎えようとしている。その静寂の裏で、朝倉家という名門が、加賀と若狭という二つの重い枷を抱え、自らの運命を切り拓こうとしていた。
義景は、雪が舞い始める窓の外を見つめながら、独りごちた。
「雪が積もれば、加賀の徒党も大人しくなろう。若狭の武田も、その頃には我が方の要求を呑むはずだ。近江の小童どもは、勝手に暴れさせておけばよい。越前さえ盤石ならば、それで足りる」
その傲慢とも言える自信が、この名門・朝倉家の行く末をどう変えていくのか。越前の風は冷たく、歴史の歯車は、着実に次の季節へと向かって回っていた。




