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第十九話:今浜の風、新たなる統治の幕開け

西暦1559年(永禄二年)・六月


琵琶湖の南岸、湖上交通の要衝である今浜。ここに賢政の命により設立された「今浜代官所」は、今や北近江の商業活動の心臓部として静かな熱気を帯び始めていた。未だ町と言える様な盛況さは無いが、湊の整備、区画の整理と一歩ずつだが、着実に形が作られている。


真新しい代官所の一室で、賢政は書類を検分する石田藤左衛門正継と向かい合っていた。


「藤左衛門、今浜の様子は如何か。商い人たちの顔色は変わったか」


「新九郎様。代官所が公正な法を敷いたことで、堺や京からの舟が増えております。以前のような理不尽な関銭や、横暴な地侍による掠め取りも激減いたしました。皆、ようやく安心して荷を降ろせるようになったと喜んでおります」


正継は穏やかな口調で、しかし確かな自信を込めて答えた。賢政は、この男に今浜を任せて正解だったと確信した。


「左様か。……藤左衛門、私にはこの今浜を、単なる物流拠点にするつもりはない。誰もが己の才を競い、富を分かち合える場所……武威ではなく、理によって動く国を見たいのだ」


「……光栄にございます、新九郎様。その理想の礎、この石田藤左衛門、必ずや堅固なものに仕立ててみせましょう」


二人の間に流れるのは、主従の堅苦しさではなく、同じ未来を見据える同志の静かな共鳴であった。


今浜の活況を目にする度、賢政の脳裏には、数ヶ月前の小谷での光景が蘇る。


それは、賢政が初めて久政、そして浅井家を支える一門衆・宿老衆の前で、今浜代官所の設置を提案した時のことであった。


「……今浜を直轄し、代官を置いて流通を管理したい。また、代官には石田村の藤左衛門正継を起用するべきと愚考いたします」


評定の場に、どよめきが広がった。軍事的な城の改修ではなく、商業拠点の整備という提案は、古参の家臣たちにはあまりに未知の領域であったからだ。更には、石田村の地侍にすぎぬ藤左衛門正継を抜擢する事も物議を醸した。


しかし、その場に控えていた赤尾美作守清綱と遠藤喜右衛門尉直経が、すかさず賢政を支えた。


「御屋形様。新九郎様の案は、将来の浅井の国力を強固にするための『軍略』に他なりませぬ。民を豊かにすれば、徴税も徴兵も滞ることはございませぬ」


赤尾が重厚な声で説得し、遠藤が付け加える。


「拙者も新九郎様に賛成いたします。物流を我らが手で制御できれば、六角や他の勢力に対して、これ以上の備えはございませぬ。この『今浜』の要石、早急に据えるべきかと」


久政は、長年苦労を共にしてきた二人の言葉に耳を傾け、深く沈思黙考した。そして、息子の真っ直ぐな瞳を射抜くように見つめ、ゆっくりと頷いたのだ。


「……新九郎。お前の描きし青写真、この父が保証する。一門の衆も、この先を見据えて協力せよ。また、石田藤左衛門を代官とする事を許す。儂が自ら書状をしたためるとしよう」


かつてのその光景を思い出し、賢政は窓の外に広がる琵琶湖を眺めた。


(父上、赤尾、遠藤……皆が私の提案を信じてくれた。その重みは、今浜の湖風となって私の頬を打つ)


今の自分があるのは、父が築いた土台と、家臣たちの理解があるからこそだ。そして、今こうして石田藤左衛門という稀有な才が、己の理想を実務として体現してくれている。


(この風は、やがて北近江を越え、近江一国を潤す奔流となる。戦のみに明け暮れる世を変えるのは、こうした静かな積み重ねなのだ)


賢政の胸に、武人としての覇気とは異なる、静かなる「統治者」としての熱い矜持が滾っていた。この今浜の小さな代官所から、浅井の未来は確実に、しかし着実にその輪郭を広げようとしていた。

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