第十六話:風流なる地侍、石田の才
西暦1559年(永禄二年)・四月
春の陽光が水田を潤す季節、賢政は自らの館の席が温まる間もなく、精力的に領内を視察していた。
北近江の隅々まで自らの足で歩き、土の匂いを嗅ぎ、民の顔を見る。その視察を繰り返すうちに、賢政はある事実に深く感服させられていた。
(父上は、なんと堅実な手腕でこの地を治めてこられたのだ……)
用水路は整備され、村々は平穏な活気に満ちている。軍事的な華やかさこそないものの、久政という当主が長年かけて積み上げてきた実直な内政の跡が、領国の細部にまで確かな根を張っていることを、賢政は肌で感じ取っていた。父が泥をすすりながら築いた土台の堅牢さに、若き当主は静かな矜持を抱いた。
その視察の道すがら、賢政は坂田郡石田村にて、一人の地侍と出会うこととなった。
その男の名は、石田藤左衛門正継。
村の支配を担う小規模な地侍であるが、その佇まいは他の粗野な国人たちとは一線を画していた。腰には刀を帯びているものの、その所作には騒がしさがなく、静謐な知性を纏う人物である。
「賢政様。この石田村の田をご検分いただき、誠に光栄にございます」
正継は深々と頭を下げた。賢政は、村の小川の清流を見つめながら、穏やかな声で問いかける。
「石田村の用水の引き込み、見事なものだ。これほど細やかに管理されている村は、そう多くはない。……藤左衛門、父上が以前行った水利差配について、何か思うところはあるか」
正継の顔色が、畏怖と尊敬の念で引き締まった。
「左兵衛尉様(久政)の水利差配……あれには、ただただ感謝の念しかございませぬ。以前は水争いで荒れていたこの地も、左兵衛尉様の公正な裁定のおかげで、皆が納得して水を使えるようになりました。あれこそが、我が村が今日まで平穏を保てた礎にございます。父君様の深き思慮があればこそ、我ら地侍も、こうして耕作に励めるのでございます」
賢政は、父が築いた信頼の厚さを誇らしく思いつつ、ふと河川の堆積物に目を留めた。
「……物流の拠点への荷運びを考えると、このあたりの川の流れ、もう少し船が通りやすくならぬものか」
その言葉を聞いた正継は、少しだけ思案顔になり、控えめに口を開いた。
「……誠に恐れながら、申し上げます。このあたりの川底は土砂が堆積しやすく、船の底を擦りかねませぬ。……もし、川底を浚い、流れを整えることができれば、船の行き来も容易になり、村から市へ運ぶ時間も短縮できましょう。……ただ、これには村々の協力と、多大な労力が必要となりますゆえ、一介の地侍の身では、軽々しく口にすることではございませぬ」
正継はそれ以上語らず、静かに頭を下げた。賢政は、その謙虚さの中に隠された、確かな「目」と「知見」を見出した。
「藤左衛門。お主の知見どこで学んだものか。書物に親しんでいるのか」
突然の問いに、正継は少し驚いたように顔を上げた。
「……恥ずかしながら。松尾寺の僧侶より、縁あって古書を借り受けることがございます。読み終えればすぐにお返しせねばなりませぬゆえ、書写を行い、記憶に留めるのが精一杯でして……。何分、学と呼べるような嗜みはございませぬ」
「そうか。……実務に明け暮れる者が、古人の智慧を借り、それを日々の暮らしに活かす。その姿勢、誠に尊い。藤左衛門、お主のような者がいれば、領国の統治はどれほど理に適うものか」
賢政は笑みを浮かべた。正継は「勿体なきお言葉」と一言つぶやき、それ以上は自身の才を誇ることも、出世を望むような言葉も口にしなかった。
(この男は、使える。いや、単なる駒ではない。今浜という領国の要を、静かに、そして力強く統治できる才人だ)
賢政は、正継を将来の重鎮として心に刻んだ。今はまだ、その才を試す時ではない。しかし、今浜の代官所設立という機が熟したとき、必ずやこの男を呼び寄せる。
「藤左衛門。いずれ、お前に『実学』の場を与えたいと考えている。その時は、力を貸してくれるか」
正継は、戸惑いながらも、その言葉の重みを受け止めるように深く一礼した。
「……賢政様のお命じあらば、この石田藤左衛門正継、身を粉にして尽くす所存にございます」
二人はそれ以上、多くを語らなかった。ただ川のせせらぎの音が流れるのみであった。




