ちょっとした事故
文化祭まで、あと五日。
放課後の教室では、最後の装飾作業が行われていた。
俺は脚立の上で、天井近くに紙飾りを取りつけていた。下では莉乃が脚立を支えながら、心配そうに見上げている。
「清太、気をつけて」
「大丈夫だよ」
「落ちたら私が受け止める」
「共倒れになるだろ」
「じゃあ一緒に倒れる」
「縁起でもないこと言うな」
苦笑しながら最後の飾りへ手を伸ばした瞬間、脚立がわずかに揺れた。
「清太!」
莉乃の声と同時に身体が傾く。
俺はどうにか床へ着地したものの、勢いのまま莉乃を抱き込む形になった。
背中へ腕を回し、莉乃の身体を支える。
顔が近い。
鼻先が触れそうな距離で、互いに固まった。
「……怪我ない?」
俺が聞くと、莉乃は頬を赤くしながら頷いた。
「うん。清太が抱きしめてくれたから」
「事故だよ」
「離さないのも事故?」
言われて気づく。
俺はもう安全を確認したのに、莉乃を抱いたままだった。
「……これは」
「嫌なら離していいよ」
莉乃の声が少しだけ不安そうになる。
俺は迷った末、腕を緩めなかった。
「もう少しだけ」
「清太から言った」
「うるさい」
莉乃は嬉しそうに俺の胸へ頬を寄せた。
そのとき、教室の扉が開く。
「忘れ物――」
入ってきた原が固まった。
その後ろから覗いた篠崎も、眠そうな目を少しだけ大きくする。
「……ごゆっくり」
「待て、違う!」
原は扉を閉めた。
廊下から、二人の笑い声が遠ざかっていく。
俺は莉乃を離そうとしたが、彼女の腕が背中へ回った。
「莉乃」
「もう少しだけって言った」
「今見られただろ」
「見られたなら、急いで離れる意味ないよ」
「あるだろ」
「私はない」
莉乃は俺を見上げ、柔らかく笑った。
「文化祭当日も、清太が転びそうになったら私が受け止める」
「逆だよ。俺が受け止める」
反射的に答える。
莉乃の瞳が揺れた。
「ずっと?」
「……できるだけ」
「じゃあ私も、ずっと清太を支える」
俺たちは少しだけ抱き合ったあと、今度こそ離れた。
けれど作業へ戻る前に、莉乃が小指を差し出す。
俺もその小指を絡めた。
文化祭まで、あと五日。
教室はほとんど完成していた。
そして俺たちの距離だけが、完成する直前のまま、触れ合い続けていた。
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