インタビュー
放課後、星宮は仕事へ向かった。
教室を出ていく背中は、いつもの制服姿なのに、どこか遠かった。
マネージャーの迎えが来ている。インタビューがある。放課後の寄り道やカードショップではなく、芸能人としての時間へ戻っていく。そんな当たり前のことが、妙に胸の奥に引っかかった。
俺は家に帰り、自室で『青春いらない!!』の単行本を開いた。
ちょうど文化祭編。
主人公が、ヒロインの本音に気づきながらも踏み込めず、けれど隣にいることだけはやめない回だった。
以前なら、ただ「尊い」と悶えていたと思う。
けれど今は違った。
ページの向こうのヒロインが、星宮に見える瞬間がある。
強がって笑う顔。
置いていかれたくなくて袖を掴む手。
自分の気持ちを重いとわかっていながら、それでも隠しきれないところ。
俺は本を閉じた。
まずい。
かなりまずい。
物語のヒロインを星宮で変換し始めたら、それはもう相当重症ではないか。
スマホが震えたのは、そんなときだった。
星宮莉乃。
『今、控室』
続けて、写真が届いた。
鏡台の前に座る星宮。制服ではなく、淡い色の衣装を着ていた。髪はいつもより丁寧に巻かれ、メイクも少し大人びている。そこに映っているのは、学校で弁当を食べる星宮ではなく、誰もが知る星宮莉乃だった。
綺麗だった。
あまりにも綺麗で、少しだけ息が詰まる。
『どう?』
短いメッセージ。
たった二文字なのに、画面越しに彼女の不安が見えた気がした。
俺はしばらく迷ってから、返信する。
『すごく似合ってます』
送信した瞬間、心臓が少し跳ねた。
すぐに既読がつく。
『ほんと?』
『清太が言ってくれるなら嬉しい』
文字だけなのに、星宮の照れた顔が浮かんだ。
続けて、またメッセージ。
『でもね』
『今日のインタビュー、恋愛観について聞かれるらしい』
俺は画面を見つめた。
恋愛観。
星宮莉乃の恋愛観。
それは芸能記事としてはかなり興味を引く話題なのだろう。ファンも知りたいはずだ。好きなタイプ、理想のデート、恋をしたことがあるか。そういう質問が飛ぶのかもしれない。
なぜだろう。
胸の奥が、少しざわついた。
『大変ですね』
そう返すと、すぐに既読。
『清太は気になる?』
俺は指を止めた。
気になる。
正直に言えば、気になる。
星宮がどんな答えをするのか。誰を思い浮かべて話すのか。そこに俺の影が少しでもあるのか。
そんなことを考えた自分に、少し引いた。
『少しは』
短く返す。
数秒後。
『じゃあ、清太のこと考えて答える』
俺はスマホを落としかけた。
慌てて掴み直す。
『やめてください』
『なんで?』
『バレたら大変でしょう』
『バレないように言うよ』
『そういう問題じゃないです』
星宮からの返信が、少し遅れた。
その沈黙が、妙に重かった。
『じゃあ、清太は私が誰のことも考えてないみたいに答えるほうがいい?』
画面の文字が、胸に刺さる。
『星宮莉乃として、無難に笑って、好きな人はいませんって言えば安心?』
俺は息を止めた。
それは芸能人としては正解なのかもしれない。
ファンを安心させる答え。
イメージを守る答え。
けれど、その文字の向こうで、星宮の目の光が薄くなっていくのが見える気がした。
『そういう意味じゃないです』
『じゃあ、どういう意味?』
返事に詰まった。
俺はどうしてほしいのだろう。
星宮に、自分を思い浮かべてほしいのか。
それとも、芸能人として安全な答えをしてほしいのか。
自分の気持ちが、まだうまく言葉にならない。
しばらく考えて、俺は打った。
『星宮さんが困らない答えをしてください』
『でも、俺のことを思い出すのは自由です』
送ってから、顔が熱くなった。
何を書いているんだ、俺は。
数秒後、既読がつく。
返信はなかなか来なかった。
やがて。
『清太、ずるい』
『そういうこと言われたら、仕事中なのに顔に出る』
俺は思わず口元を押さえた。
画面越しなのに、こっちまで恥ずかしくなる。
さらにメッセージが届く。
『私ね』
『好きな人は、私を星宮莉乃じゃなくて、私として見てくれる人がいいって答える』
『それならいい?』
俺はその文章を何度か読み返した。
誰の名前も出していない。
けれど、俺にはわかる。
それは、俺のことだ。
たぶん星宮は、そう思って書いている。
胸の奥が、落ち着かなくなる。
『いいと思います』
それだけ返すのが限界だった。
すぐに既読がついた。
『じゃあ、そう答える』
『清太が許可してくれたから』
許可ではない。
そう返そうとして、やめた。
たぶん、今の星宮にはそれも約束のように残る。
少し経ってから、星宮は仕事に向かったらしく、連絡は途切れた。
俺はスマホを置き、もう一度『青春いらない!!』を開いた。
けれど、内容が入ってこない。
ヒロインが主人公に向ける言葉。
主人公が踏み込めずに飲み込む感情。
その全部が、今の俺たちに重なって見える。
友達以上。
恋人未満。
そんな便利な言葉で片づけていいのかもわからない。
星宮は俺を幼馴染と呼ぶ。
俺はそれを否定する。
でも、否定しながらも、彼女が隣にいることを受け入れ始めている。
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