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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 三節 災禍の宴
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10.宴の終わり、龍は啼く。

 そこは崩壊した世界。かつては豊かな世界。

 自然の美しさがそのまま国となったような幻想郷。活気あふれる人々。恵みを与える麗しき水に緑の数々。そんな国がそこにはあった。

 だが、たった一晩で自然の恵みは途絶え、人々は一人残らずその命を失い、国は廃墟と化した。その原因は至って単純。災害に遭ったから。

 ただ、その規模が大きかっただけ。実に不運なことであった。

 そして、今に至る。


 閑静な廃国の中、建物の原型を留めているものは一切なく、ただ瓦礫のみが埋め尽くしていた。空は青一色。太陽の光が微かに、暖かくその地を包み込む。

 その地面一帯に散らばっているのは血を流し、悲惨な死を遂げた人間の数々。

 風も吹くことはなく、その景色はまるで時が止まったかのように停止した世界。見渡す限りの死の世界。

 だが、ひとつの音がこの停止した世界を動かした。

 そこは巨龍が大地を食べた跡だろうか。まるでそこに隕石でも墜ちて来たかのような大きな孔の中に積もる山のような瓦礫からガラガラと音をたて、出てきたのは、異物だった。

 それはもう、異物としか言いようのない異形の何か。熾火が生々しく動いているような、生き物か否かの物体。外へと根や葉を広げているものは肉片や内臓、血管か。褪せた岩石に色鮮やかな源水が流れているかの如く。それは自然的ではなく、何よりも生命的であった。言葉の通りボロ雑巾。頭部がひしゃげた血肉の塊。

 不死身とも思わせるその存在。それがかつて人間だったということを肯定する者は恐らくいないだろう。

 その肉塊はずるずると音をたて、クレーターの穴から這い出る。


「…………ぁ……ぁぁ……」


 微かな音を発しながら、何かを探すかのように周囲を徘徊する。

 辿り着いたのは、人間かと否定したくなる目も当てられない何か。なんであれそれが死体だということに変わりはない。見る限り残酷な死に様だ。

 ソレは歪な口をニチャ……と広げ、その人肉をむさぼり始める。

 ぐちゅぐちゅと音を鳴らし、ただそれを喰い尽くす。

 顔中真っ赤に染め上げ、肉を咀嚼し、呑みこみ、また餌を探し求める。

 死体を見つければ貪り喰い、蝕す。だが、死体だけでなく、使い物にならなくなった兵器や鎧、薙ぎ倒された木や瓦礫、地面の石や砂、もう食材とは言えない有機物や無機物をもかぶりつく。

 餌を求め、ずるずると国だった場所を這いずりまわった。

 それが幾日続いた。


     *


 ソレは殆ど人の形を成していた。失った左腕と右脚からは白い骨と血管、肉繊維が生えており、なかったはずの頭部はギクシャクだがなんとか再生しきっている。

 だが、それでも見た目は腐食し、血にまみれた人間そのものだった。

 それはぎこちなくその脚を這いずるように歩き、体躯をふらつかせる。べちゃべちゃと音を鳴らしてソレはある場所へと向かう。

 廃墟と化した国から少し離れた平原に一本の桜の木を見かける。国から飛ばされた大きなそれは、ほとんどが鮮やかな桜色の花弁を散らせており、その緑の原を桜が染める。

「……」

 探し求めたくはなく、しかし見つけたかったもの。放心した彼に欠如していた心の一部を取り戻すきっかけがそこにはあった。

 根元には、それが命を失ったものとは到底思えぬ、美しい少女が眠るかのように横たわっていた。

「サクラ……」

 出ない声を囁くように吐く。

 息をしていない彼女をソレは――リオラは両腕ですくうように持ち上げ、目の先に聳える両断された緑豊かな山へと向かった。


 山へ続く道を歩む。ずるずると引きずるように歩き、赤い足跡が帯状に刻まれる。

 広大な野原は風でざわめく。強めの風が髪を靡かせる。

 すると、右の前方に何かの赤い跡が見られた。人の血のようだ。だが、死体は無く、ただの血痕として草と土に付着していた。

 ソレは気にすることなく、ただまっすぐを見続ける。その先には壮大な緑の山脈が聳え立っていた。


 べちゃ……べちゃ……。


 長きけもの道を一歩一歩、進む。森の中は静かだった。

 少女を抱きかかえ、山を登る。渓流の中を進み、奥地へと足を運んだ。

 目の前には自分の居場所だった古き社と傍に聳える大樹。

 その広がる枝葉から差し込んでくる木洩れ日がこの冷たい身体を温めてくれる。

 囁くように耳に流れ込んでくる鳥の囀り、風で擦れ合う草葉の乾いた音。

 ひび割れ、傾いた大樹。しかし古寺は依然と建っている。リオラは何一つ顔色を変えることなく見上げた。

「……」

 "安全な時"が来るまで友人の形見を護ってくれ。かつて盃を交わした友の言葉が頭に思い浮かぶ。

 その約束の意味は、"こういうこと"だったのだろうか。それとも、もうひとつの選択の先にあったことだろうか。

 再び歩きはじめ、社の裏――かつて自分が苦痛に塗れ、嘆き続けた洞へと入る。

 涙を流すような音が響く鍾乳洞を抜け、霊峰のさらにその奥へ。


 着いた場所は、人々の伝承として称された"秘密の花園"。青き空と緑の丘の二色が天地を分け、世界を裂ける。

 風で靡く草原の丘を踏みしめ、可憐な華畑を通り越し、崖上の一本樹の前で足を止める。

 両腕に抱えた少女を樹の傍に優しく置き、その傍で歪な両腕をぎこちなく使い、地面を掘った。


 ザクッザクッ……。


 掘り続けて数十分が経ち、深めの穴ができる。

 しばらく、少女の優くてきれいな顔を見つめた。そして、表情を変えることなく、夜寝かしつけるように、温かくも冷たい布団を重ねる。

 石と木片を力任せに組み立てる。石碑のようなものを作り上げて、盛り上がった土の上に固めた。それは石碑のようで、だが、決してきれいな形を成しておらず、ガタガタで歪な形を成していた。

 石碑の前にきれいな一輪華を添える。ここに咲いている縁結びの華。

 黙ったまま、石碑の前に座り込む。ただ目の前にあるそれを見続けた。



 風が優しく吹き、赤黒い髪が揺らぐ。

 その上空には広がる青空。背後で草がサァッと音を奏でる。

 目の前に映る崖の向こう。そこには災害に巻き込まれなかった青々しく輝く美しい湖、太陽の光で優しく輝く森、そして、虚構と化したひとつの大きな国。


 突然、その紅い目から透明な雫が溢れ、ぼろぼろと零れる。そして、感情のなかった表情がくしゃりと歪む。

 ダムが今、決壊した。

「あああ……うぁああっぁぁあああぁぁああぁあああああああぁあぁあぁっぁああああああぁあああああっぅぅぁあぁああああぁあっあああああああああっうぁっぁぁぁぁあああああああああああぁあああああああああぁあぁああああぁあああああぁああぁぁああ」

 涙が止まらない。喉奥から出る声が止まない。止めたくない。

 ひたすらに、ひたすらに泣き続ける。時がたつことも忘れ、流れる涙を拭うことなく、ただ泣き続けた。




 どれ程時が経ったのだろうか。


 夜を迎え、朝日が昇り、沈んでいきまた夜を迎える。それが限りなく繰り返された。

 だが、そこに居座り、泣き崩れる景色は一切変わっていなかった。


「ちぐじょう……ぢぐじょう……ひぐっ、うぐっ、ああぁあぁあ! ……オレが……よわかったから……あぅぐっ……また、失った……ひぃぐっ……!」


 石碑の前で膝をついて蹲り、その右手で地面を叩く。叩くたび、骨が軋み、傷が開き、血が噴き出る。奥歯から憎いほどまでに味わった肉々しい生臭さが染み出てくる。

 それでも拳を握りしめ、地団駄のように地面を叩き続ける。


「……つよく……つよくなりてぇ――! もっと、もっともっともっともっと……つよくなって……っ、だれも、しなせたりしないで……まもりきれるやつに……なりてぇ!」


 求めていたのは、こんな強さじゃない。人を傷つけ、命を奪い、世界を壊すような力なんて要らない。

 護る強さ。救う強さ。心の強さ。

 ガラクタのように、つめたくてぼろくて、ちっぽけな心の弱さが、すべてを壊した。

 強いだけじゃ、本当の強さは得られない。


 声を搾り取り、震わしながら叫ぶように呻く。

 そして、上体を起こし、もう一度自分に言い聞かせるように、この大空に響き渡るほどの声で空に向かって叫ぶ。



「――オレは!! 強くなりてェっっっ!!!!!」


これで第4章は完結です。


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